あんなに私を嫌っていたのに、記憶を失った婚約者から溺愛されて困惑しています
「ターシャ入るわよ!」
アリエノールは返事も待たずに、ノックと共にターシャの部屋へ駆け込む。
ティーカップを手にしたまま、ターシャは驚いたように目を見開いた。
「アリーったら……そんなに慌ててどうしたの?」
「ねえ、グルフ君はいないの?」
「散歩に行くって言ってたけど、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」
「そう……待たせてもらってもいい?」
「構わないわよ」
ターシャは暗い表情のアリエノールをソファに座らせると、アリエノール専用のカップに紅茶を注いで手渡した。そして隣に腰掛けアリエノールの顔を心配そうに覗き込む。
「アリー何があったの?」
「……アイツが、記憶喪失になったの」
「ええ、聞いてるわ……でも何故?」
「分からない……だからグルフ君の力を借りたいの」
グルフとはターシャの精霊だ。
「ゼル君はどうしたの?」
「それが……アイツが記憶喪失になってから姿が見えなくて……」
ターシャはアリエノールの懸念に気付き息を飲む。
「一先ず落ち着いて。まだゼル君のせいと決まったわけじゃないから、ね」
「ありがとうターシャ。あなただけでもいてくれて良かった……」
いつも三人身を寄せ合って苦楽を共にしてきたが、マリアは王太子妃として五年前に神殿を出ていた。
「アリー、アイツは記憶を失くしてどんな様子なの?」
アリエノールはこれまでとは別人のように熱を帯び、甘ったるく見詰めてくるオーランドの眼差しを思い出して嫌そうに顔を顰める。
「人が変わったように真逆の人間になったわ」
「え? どういうこと?」
「これまでが嫌悪と悪意の塊だとしたら、今は好意の権化のようだわ」
はあっと額を抑えてアリエノールは目を伏せる。
オーランドは記憶をなくして以降、何くれと理由をつけては神殿を訪れていた。
はじめは慎重に距離を測っていたようだったが、近頃は攻めに転じて距離を詰めにきていた。
熱く甘い眼差しでアリエノールを見詰め、中々心を開かない彼女に切なげに瞳を揺らすのだ。
あまりの豹変ぶりに、アリエノール自身どう接して良いのか分からなかった。いずれ記憶が戻ればまた元の彼に戻るのだろう、そう思うとどうしても心は頑なに彼の存在を拒む。
彼は忘れてしまっているが、アリエノールはこれまでの仕打ちを鮮明に覚えている。表面は平静を装いながらも、いつも心の奥底で傷ついていた。
訳もわからず自分を否定し拒絶する男と結婚しなければならない絶望。その日々をなかったことになどできるはずがなかった。
オーランドが熱心になればなるほど、アリエノールの心は冷たく凍っていった。それが更にオーランドの思慕に火を着けていたのだが、現状から逃がれたくて堪らないアリエノールが気付くはずもなかった。
アリエノールは返事も待たずに、ノックと共にターシャの部屋へ駆け込む。
ティーカップを手にしたまま、ターシャは驚いたように目を見開いた。
「アリーったら……そんなに慌ててどうしたの?」
「ねえ、グルフ君はいないの?」
「散歩に行くって言ってたけど、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」
「そう……待たせてもらってもいい?」
「構わないわよ」
ターシャは暗い表情のアリエノールをソファに座らせると、アリエノール専用のカップに紅茶を注いで手渡した。そして隣に腰掛けアリエノールの顔を心配そうに覗き込む。
「アリー何があったの?」
「……アイツが、記憶喪失になったの」
「ええ、聞いてるわ……でも何故?」
「分からない……だからグルフ君の力を借りたいの」
グルフとはターシャの精霊だ。
「ゼル君はどうしたの?」
「それが……アイツが記憶喪失になってから姿が見えなくて……」
ターシャはアリエノールの懸念に気付き息を飲む。
「一先ず落ち着いて。まだゼル君のせいと決まったわけじゃないから、ね」
「ありがとうターシャ。あなただけでもいてくれて良かった……」
いつも三人身を寄せ合って苦楽を共にしてきたが、マリアは王太子妃として五年前に神殿を出ていた。
「アリー、アイツは記憶を失くしてどんな様子なの?」
アリエノールはこれまでとは別人のように熱を帯び、甘ったるく見詰めてくるオーランドの眼差しを思い出して嫌そうに顔を顰める。
「人が変わったように真逆の人間になったわ」
「え? どういうこと?」
「これまでが嫌悪と悪意の塊だとしたら、今は好意の権化のようだわ」
はあっと額を抑えてアリエノールは目を伏せる。
オーランドは記憶をなくして以降、何くれと理由をつけては神殿を訪れていた。
はじめは慎重に距離を測っていたようだったが、近頃は攻めに転じて距離を詰めにきていた。
熱く甘い眼差しでアリエノールを見詰め、中々心を開かない彼女に切なげに瞳を揺らすのだ。
あまりの豹変ぶりに、アリエノール自身どう接して良いのか分からなかった。いずれ記憶が戻ればまた元の彼に戻るのだろう、そう思うとどうしても心は頑なに彼の存在を拒む。
彼は忘れてしまっているが、アリエノールはこれまでの仕打ちを鮮明に覚えている。表面は平静を装いながらも、いつも心の奥底で傷ついていた。
訳もわからず自分を否定し拒絶する男と結婚しなければならない絶望。その日々をなかったことになどできるはずがなかった。
オーランドが熱心になればなるほど、アリエノールの心は冷たく凍っていった。それが更にオーランドの思慕に火を着けていたのだが、現状から逃がれたくて堪らないアリエノールが気付くはずもなかった。