記憶を失った婚約者からの溺愛に困惑しています
「あなたを思って思わず摘んでしまった」

 オーランドははにかんだように微笑むと、一輪の赤いバラをアリエノールの結い上げた髪に挿した。

「ああ、やはり綺麗だ。バラが霞むほどに」

 表面上微笑みながらも、アリエノールはやめて欲しいと切実に思う。蛇蝎の如く嫌われることに慣れ過ぎていて、この豹変ぶりに心がついていけなかった。

「このバラのようにあなたを手折る事は容易いだろうが……心は得られないのだろうな……」

 アリエノールを見詰める瞳が切なく揺れる。
 オーランドの蜜色の髪が舞い散るバラの花びらと共に柔らかく舞った。
 絵画のような光景だな、と特に感慨もなくアリエノールは思う。
 オーランドの美貌は社交界でも常に注目の的だった。アリエノールだってこれまでの所業がなければ心動かされたのかもしれない。

「あなたの心をそのように凍らせてしまった過去の俺を殺してしまいたい……」

 記憶を失う前の仕打ちを周囲から聞き、オーランドは深い悔恨の念に囚われているようだった。

「何か……言ってくれないかアリー……罵倒でも構わない。あなたの声が聞きたい」

 オーランドのあまりに切実な様子に、アリエノールは渋々口を開く。

「花びらが……」

 手を伸ばしてオーランドの髪に張り付いた赤いバラの花びらを指先で摘む。離れかけた手をオーランドが掴んでそっと掌に口付けた。

「赤いバラの花言葉を知ってる?」
「……いえ」
「あなたを愛しています」

 真っ直ぐにアリエノールを見詰めるオーランドの真剣な眼差しに、アリエノールは捕われたように立ち尽くす。
 そんなアリエノールの頬に、オーランドは躊躇いがちに触れた。身動きできないでいるアリエノールに優しく微笑むと、オーランドは額に口付ける。そして包むように柔らかく抱き締めた。

「アリー……心をくれとは言わない。けれどどうか俺から離れないでほしい……俺の頭の中はあなたのことばかり……気が狂いそうなんだ……」

 なんの茶番だ。
 心のどこかで声がする。
 これまでの所業を忘れるな。
 いずれ掌を返されるのだ、この男に心など許してはいけない。
 決して、決して――
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