引きこもり婚始まりました〜Reverse〜












――やってしまった。


(女神様を呼び捨てにするなんて……)


『萌』


熱に浮かされて、ベッドと俺の間にいてくれる彼女があまりに愛しすぎて。
好き好き、可愛い可愛いしか言葉らしい言葉が脳で組み立てられずに、あろうことか耳元で女神様をそう呼んでた。
これじゃ、春来のことをどうこう言えないじゃないか。
いや、「好き」「可愛い」「愛してる」――どんなに陳腐でも、その分真実でもある言葉の意味は、あんな脳より下半身で生活している生物よりはもちろん純粋で深い。
だとしても、所詮は俺もただの人間であり、女神様との違いがより鮮明になってしまった。


(……でも)


『ゆうとくん』


俺の唇と彼女の耳に距離なんてほとんど――まったくなくて。
無意識に、俺はあの獣めいた自分の声を聞いてほしかったんだと思う。
それを彼女はちゃんと感じ取ってくれて、受け入れてくれた。
びっくりしたようにピクンとして、やや遅れて既に染まっていた肌がいっそう赤くなって。
俺の名前と、「好き」をたくさんくれた。


(……けど、結構強引に言わせたかも)


『優冬くんのそういうところが好き』


そう言ってくれたのが嬉しくて、彼女の気持ちが同情や傷心からくる錯覚だけではないと教えてくれたような気がして、言いようもない喜びが溢れて。
本当に俺自身を好きになってくれたんだ――そう思うと、止まらなかった。

そのうえ。


「……優冬くんって、すごいんだね……」


求めた感想が、それ。


(え……それ、褒められてる? )


いや、まあ。
下手よりはいいのか……?
いや、待て。
めぐも喜んでくれたなら幸いだけど、誤解されたら困る。
春来同様遊んでるとでも思われたら、最悪だ。


「うーん? 俺に、特別な経験なんてないよ」

「……あ……」


ずっと、君に片想いしてた。
そんなことすら思えないほど、女神様は遠い存在だった。


「ううん、そうじゃない。めぐは何も悪くないよ。俺が伝えられなかったんだから、そんな顔しないで。……ね、俺ね、今ものすごく幸せ」


春来と三人でいたこと、春来と二人だけでいたこと。
そのどちらも思い出して、自分の発言を後悔したのか彼女はきゅっと唇を結んだ。

なぜか今頃、慌ててブランケットに包まり始める彼女を、その上から丸ごと抱きしめることができるのも。
この適温のなか、そのブランケットはわりと薄くて、実は身体のラインが浮き彫りになっているのがすごく綺麗なこと。
それをつい見つめてしまって、また理性が押し流されてしまいそうな怖さを味わうことも。
それがどうかバレませんようにと浅ましく願いながら、ブランケットの隙間から覗いた柔らかさや体温にそっと触れさせてもらえるのも。


「やっぱり、大好き。そう思ったら、ああなるだけ」

「……優冬くん。して、好きになってくんじゃなくて、好きだからしたかったんだよ。大切にしてくれるのすごく嬉しいけど、好かれようって頑張りすぎなくても私は……」


無理させてるって、悲しそうにしながらも言葉を必死で選ぼうとしてくれるのも愛しい。
そんな気持ちが湧いてしまうのも、キスで塞いでそんなこと気にしないでって伝えるのも恐れ多くて烏滸がましいことだ。


「ありがと。大丈夫……ちゃんと知ってる。めぐがどんな気持ちで、俺を選んでくれたか。俺にその権利をくれて、許してくれたのか」

「……それは、す、好きだからだってば。それにその、別にそういうのは男性だからどうとか、女性だからこうとかないし、女性だってそんな気持ちにならないわけでもないので、何というか、つまり……そういうことなんですけど」


(なに、その支離滅裂な可愛さ。言いたいことは分かるけど……でも、ごめんね。めぐに限ってはそれ、間違いだと俺は思ってる)


――だって、女神様に触れることを、そんな簡単に赦されていいわけがないでしょう?










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