引きこもり婚始まりました〜Reverse〜











『店開けろって? また急だな。あれか、お前の女神ちゃん。ついに……なんだろ』


すっかり落ち込んだ彼女を、少しでも気分転換させてあげたいと思って連絡したのは、友達と呼んでいいのかイマイチ分からない相手。


「一気に下品になる言い方、やめて」

『だってさ。ま、お前には世話になってるから、いーよ。お世話もしてあげてるけど。どう? 女神ちゃんを惑わす虫くんの調子。いい感じでしょ。そりゃ、振られることもできずに、しかも二回目とくれば、確実に自分に好意がある子にいっちゃうよねぇ。その確実が、造られたものだとは知らずにさ』

「本気じゃなかったってことだろ」

『まーね。お前と比べたら、誰も本気なんて言葉使えなくなるわ。あと、アレ。女神ちゃんを守る為のアレも、昔のよりよく聞こえるだろ。王子様の手を汚さない為に、俺が苦労して手に入れたんだから』


ある意味、ビジネスパートナー。
だから、信用できるといえば信用できる。


「……対価は払ったけど、なに? 」

『そんな声出しちゃイ・ヤ。脅迫しようとか思ってないよ。お兄ちゃんよりお前についたじゃん。友達だから』


友達と呼べる要求ではないけど、他人というほどのものじゃない。


(……こいつ、もう切ろうかな……)


そう思うのも初めてじゃないけど、恐らくこの先も腐った縁は続くだろう。


『じゃ、お前の女神ちゃん拝むの、楽しみにしてるよ』

「……その胡散臭い感じ、極限まで消しといて」


「はいはーい」との声は軽いけど、まあ上手くやってくれるとは思う。

これからも、きっと。





・・・




「優冬くん、本当にごめんなさい。春来くんとは、兄弟とはいえ別の人間なのに……それに、その。二人があまり上手くいってないことは、何となく知ってたのに酷いこと言って」

「いえ。本当にもう謝らないでください。当然だし……春来が最低なことは嫌というほど知ってたのに、ここまで何もできなかったから。それなのに、今日会ってくださって感謝しかないです」


めぐのお母さん。
言いにくそうに、でも言わなきゃいけないのだからと、はっきり言葉にしてくれるところは何となくめぐに似ている。


「……ごめんね。きっと、長い間、辛かったのは優冬くんなのにね」

「一番辛いのはめぐですよ。俺は今、幸せだから」


敢えてあれを「春来」と名前で呼んだけど、正解だった。
彼女の両親はもちろん、俺の親やめぐ以外には「兄」や「兄さん」で通してきたから、ものすごく驚いた顔をして――直後、ふっとご両親の顔が優しくなってほっとする。


「私も幸せだってば」

「はいはい。それを聞いて、俺はもっと幸せになった」


こんなに早く二人で彼女の実家に挨拶できたのは、めぐが取り持ってくれたことが大きい。
俺一人じゃ最初は門前払いだったし、傷つくこともできないくらいそれも当然すぎた。


「……そ、それは何よりですけど」

「でしょ。めぐのおかげで、俺は……」

「……だけど! 私、もう辛くないよ。優冬くんのおかげ。ありがとう」


またどもって敬語になる彼女に笑ったのに、女神様はお気に召してくれなかった。
現在進行系じゃなく、辛かったのは既に過去のことだと。


「……もう。めぐはそうやって、俺を喜ばせてくれるんだから。めぐの実家で、こんな真剣で緊張感いっぱいの場面で、破壊的に可愛くなられたらどうしていいか分かんなくて困る……」

「……困ってるの私だと思う。でも、それなら」


「もう緊張しなくていいってことじゃない? 」なんて、ちょっとかなり難しいことを言って、ふわりと微笑む彼女はやっぱり女神様でしかない。


「あ、今日は私がお茶淹れるね。庶民仕様だし」

「えー、萌ったら。いつも優冬くんにやらせてるの? 」

「い、いつもでは……ある、かもしれないというか、本当至り尽くせりな感じになっててごめん……」

「あはは。それくらい全然。お姫様お迎えしたら、普通それくらいやるよ」


普通じゃない、でもごめん――お母さんと一緒にそそくさとキッチンへ向かう彼女を見送ると、スマホをチラリと確認する。


『虫くん、落ちたって。今度、見下ろしに来る? 』


虫は大嫌いだ。
気持ち悪いし、好んで見たいと思ったことはないし、触るのも嫌。子どもの頃から、ずっとそうだった。


『……動いて、女神様に這い上がったら困るから』


でも、女神様の裾や袖はおろか、その足下に近づくのはもっとおぞましい。

それも、子どもの頃からずっと、そう。









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