におい
自慢のカノジョ
大学時代、ゆるい趣味のサークルに入っていた。
自校組のメンバーはヤローの方が多かったが、ほかの大学や短大、専門学校の女子学生も結構在籍していたので、そこで知り合ってカップルになるやつらも多かった。
相手を取っ換えひっかえしているやつもいたし、真剣交際を極めて結婚まで行くやつもいた。
俺は料理の専門学校に通ってるA子という女の子と仲良くなった。
A子は偶然にも俺と同じ県の出身だったから、「高校どこだったの?」って聞いたら、意外にもかなり進学率の高い学校だった。正直、ほぼ無試験で入れるような専門に進学するような生徒がいたことに驚いた。
そんなつもりはなかったのだが、俺は心のどこかでA子を少し見下していたのかもしれない。
A子は女子メンバーの中でもかなりかわいくて、背はあまり高くないがスタイルもよかった。あと食べ物関係の仕事に就くために勉強していたから、料理もめっちゃうまかった。
だからほかの連中にはうらやましがられたし、俺自身、彼女と一緒に暮らしたいとか、A子ならかわいい嫁さんになってくれるだろうなとか、漠然と結婚を考えるようになっていた。
強いて不満を言えば、A子は時々変なにおいがした。
といっても、鼻が曲がるような悪臭ではなく、少し気になるって程度だったが。口臭とか体臭っていうんでもない。
多分、かなり近い距離にいないと分からないようなにおいだし、もちろん、いつも臭と感じるわけではない。
割と何でも話せる友人Bに、こんなぼやっとした話をしたら、「ほら、友達の家とかでも、その家にしかない独特なにおいってあるじゃん?生活臭っていうの?そういうやつじゃないのか?」と言われた。
確かにA子は学校の寮に入っていたので、寮のにおいが洋服とかにしみついてたのかもしれない。
あと、「あんなに性格よくて顔もかわいい子と付き合えてるくせに、お前ぜいたくだよ」と窘められて、それもそうかなと考え直した。
***
実はBには言っていなかったが、A子に関してはもう一つ、気になるというか気に入らない部分があった。
A子が俺のアパートに泊まった翌朝、朝飯を食いながらテレビを見たりするが、大抵は民放の情報番組。
芸能ニュースや事件のニュース、占い、ショートアニメーションなんかを2時間の間に詰め込んだやつだ。
占いの結果が良かったの悪かったの、アニメが結構面白いのなんて話をまったりしている間はいいのだが、例えば事件の報道で、ストーカー被害に遭っていた女性が、加害者がエスカレートした結果殺されてしまった――なんていうのがあったとしよう。
交際を断られても執拗に接触したり、もともとつき合っていたものの、何かあって別れた後に執着されるようになったり、いろんなパターンがあると思う。
男と女の間のことだから、本人たちにしか分からない事情があるだろうが、とにかく殺された女性は気の毒だ。もちろんストーカー被害に遭っている男だっているだろうが、こういう事件で「殺された」って話、圧倒的に女性の方が多いよなあ。俺の気のせいかなあ……なんて思いながら見ていると、A子がこんなことを言った。
「こんなの、ブスのくせに調子に乗るからだよ。いい気味」
その声はあんまり大きくなくて、「ぼそっ」と言った調子だった。
もしも俺が歯を磨いていたとか、ひげをそっていたとか、少し離れた場所で音の出る作業をしていたら、多分その声は聞こえなかったと思う。たまたますぐ近くにいたから拾ってしまったのだ。
ひょっとしたら本当に、女性にも加害者の男を煽ったり挑発したりといった事情があったのかもしれないが、だからって、そんな死体蹴りみたいなことを言うなんて、ちょっと人間性を疑う。
しかしA子は、なぜかちょっと間を置いた後、「ひどいよね。人の命を何だと思っているんだろう?」みたいな、ごくまともなことを言うのだ。
だから、さっき聞いた暴言は自分の思い過ごしなのではないかと思ったりした。というよりも、そう思い込もうとしたと言った方が正解かもしれない。
問題は、こういうことが一度や二度ではなかったことだ。
しかも、俺が何か一言注意しようとするのを(一応注意した方がいいとはいつも思った)察したように、「気の毒だね」「まだ若いのにかわいそう」と続けるので、俺はそのうち、A子の「ブスのくせに」みたいな言葉を、ちょっとした前振りぐらいに捉えるようになった。
あと、これは心理的な要素が大きいとは思うんだが、そういうときに限って、彼女の例の嫌なにおいがいつも気になった。 俺の部屋で、俺のTシャツやスウェットを着ているときですら感じるんだから、服にしみついた寮のにおいとかではなく、やっぱり彼女自身から漂っているのかもしれない。
自校組のメンバーはヤローの方が多かったが、ほかの大学や短大、専門学校の女子学生も結構在籍していたので、そこで知り合ってカップルになるやつらも多かった。
相手を取っ換えひっかえしているやつもいたし、真剣交際を極めて結婚まで行くやつもいた。
俺は料理の専門学校に通ってるA子という女の子と仲良くなった。
A子は偶然にも俺と同じ県の出身だったから、「高校どこだったの?」って聞いたら、意外にもかなり進学率の高い学校だった。正直、ほぼ無試験で入れるような専門に進学するような生徒がいたことに驚いた。
そんなつもりはなかったのだが、俺は心のどこかでA子を少し見下していたのかもしれない。
A子は女子メンバーの中でもかなりかわいくて、背はあまり高くないがスタイルもよかった。あと食べ物関係の仕事に就くために勉強していたから、料理もめっちゃうまかった。
だからほかの連中にはうらやましがられたし、俺自身、彼女と一緒に暮らしたいとか、A子ならかわいい嫁さんになってくれるだろうなとか、漠然と結婚を考えるようになっていた。
強いて不満を言えば、A子は時々変なにおいがした。
といっても、鼻が曲がるような悪臭ではなく、少し気になるって程度だったが。口臭とか体臭っていうんでもない。
多分、かなり近い距離にいないと分からないようなにおいだし、もちろん、いつも臭と感じるわけではない。
割と何でも話せる友人Bに、こんなぼやっとした話をしたら、「ほら、友達の家とかでも、その家にしかない独特なにおいってあるじゃん?生活臭っていうの?そういうやつじゃないのか?」と言われた。
確かにA子は学校の寮に入っていたので、寮のにおいが洋服とかにしみついてたのかもしれない。
あと、「あんなに性格よくて顔もかわいい子と付き合えてるくせに、お前ぜいたくだよ」と窘められて、それもそうかなと考え直した。
***
実はBには言っていなかったが、A子に関してはもう一つ、気になるというか気に入らない部分があった。
A子が俺のアパートに泊まった翌朝、朝飯を食いながらテレビを見たりするが、大抵は民放の情報番組。
芸能ニュースや事件のニュース、占い、ショートアニメーションなんかを2時間の間に詰め込んだやつだ。
占いの結果が良かったの悪かったの、アニメが結構面白いのなんて話をまったりしている間はいいのだが、例えば事件の報道で、ストーカー被害に遭っていた女性が、加害者がエスカレートした結果殺されてしまった――なんていうのがあったとしよう。
交際を断られても執拗に接触したり、もともとつき合っていたものの、何かあって別れた後に執着されるようになったり、いろんなパターンがあると思う。
男と女の間のことだから、本人たちにしか分からない事情があるだろうが、とにかく殺された女性は気の毒だ。もちろんストーカー被害に遭っている男だっているだろうが、こういう事件で「殺された」って話、圧倒的に女性の方が多いよなあ。俺の気のせいかなあ……なんて思いながら見ていると、A子がこんなことを言った。
「こんなの、ブスのくせに調子に乗るからだよ。いい気味」
その声はあんまり大きくなくて、「ぼそっ」と言った調子だった。
もしも俺が歯を磨いていたとか、ひげをそっていたとか、少し離れた場所で音の出る作業をしていたら、多分その声は聞こえなかったと思う。たまたますぐ近くにいたから拾ってしまったのだ。
ひょっとしたら本当に、女性にも加害者の男を煽ったり挑発したりといった事情があったのかもしれないが、だからって、そんな死体蹴りみたいなことを言うなんて、ちょっと人間性を疑う。
しかしA子は、なぜかちょっと間を置いた後、「ひどいよね。人の命を何だと思っているんだろう?」みたいな、ごくまともなことを言うのだ。
だから、さっき聞いた暴言は自分の思い過ごしなのではないかと思ったりした。というよりも、そう思い込もうとしたと言った方が正解かもしれない。
問題は、こういうことが一度や二度ではなかったことだ。
しかも、俺が何か一言注意しようとするのを(一応注意した方がいいとはいつも思った)察したように、「気の毒だね」「まだ若いのにかわいそう」と続けるので、俺はそのうち、A子の「ブスのくせに」みたいな言葉を、ちょっとした前振りぐらいに捉えるようになった。
あと、これは心理的な要素が大きいとは思うんだが、そういうときに限って、彼女の例の嫌なにおいがいつも気になった。 俺の部屋で、俺のTシャツやスウェットを着ているときですら感じるんだから、服にしみついた寮のにおいとかではなく、やっぱり彼女自身から漂っているのかもしれない。
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