におい

ある日の夢


 俺は彼女とのデートの前日、夢を見た。

 夢なのに、妙に彼女の嫌なにおいが気になった。
 いつものように俺の部屋でテレビを見ていたら、幼い子供が水難事故で死んだニュースを放送していたが、その子の名前がいわゆるキラキラネームだった。

 A子はいつものようにぼそっとした調子でこう言った。

「こんな名前を付ける親のもとに生まれるなんて、前世では(ロク)でなしだったのかな」

 正直言えば、俺もキラキラネームとかDQNネームとか言われるヘンテコな名前には、少し偏見がある。
 もしも自分に迷惑をかける子供に出くわしたとして、その子がいわゆるキラキラネームだったら、「ああ、“だから”か」と納得するかもしれないが、そんなふうに育てられたことに同情する気持ちも全くないわけではない。少なくともA子のようなことは、思っていても言えない。

 そんな小さな悪夢から覚めたとき、俺は「ああ、夢か…」とほっとすると同時に、A子がかつて「前世ではロクでなし」なんて言ったかどうかを少し考えた。
 似たようなことは言ったかもしれないし、言っていないかもしれない。
 その日は映画を見にいく約束をしていたので、劇場のある街の駅で待ち合わせしていたが、何となくA子に会うのを憂鬱に感じてしまった。

 それで何か理由をつけて約束をキャンセルしようと思ったのだが、いい言い訳が見つからないまま、俺は重い気持ちを引きずりながら、約束の場所に行った。結局、連絡もしないまま10分も遅刻してしまった。

 そんな日に限ってA子は、俺に対して「遅ーい…って言いたいところだけど、実は私も5分遅刻wごめんね」などと言いながら、ぺろっと舌を出して見せた。
 しかもいつもよりかわいいメイクをしていて(メイクのことは正直よくわかんないが、何か目元がキラッキラしていた)、買ったばかりだという服をあっけらかんと自慢していたが、本当によく似合っていた。
 つまり、並みの男だったら、この子と1日過ごせるのが楽しみで仕方なくなるようなオープニングだったと言える。

 ふんわりといい香りがしたので、「今日って香水とか付けてる?」と言ったら、「アールグレイの香りのコロンをつけている」という答えだった。お茶の香りだから、優しい落ち着いた気持ちになるだろうなと思い、その日は何も嫌な思いをせず、普通にデートをして別れた。

 正直言うと、あの夢が何かの啓示みたいに思えたから、「今日、彼女と別れた方がいいのかもしれない」とさえ思っていたのに、学生寮の近くまで送り、軽くお別れのキスをする頃には、すっかり忘れていた。

 俺は大学を卒業して、就職4年目にA子と結婚した。
 A子は専門学校を2年で卒業後、一足先にあるレストランに就職していたが、結婚を機に退職した。

 結婚後すぐ妊娠し、女の子を授かった。「C美」と名づけた。
 幸か不幸か、顔は俺に激似である。
 別に俺も自分では不細工ではないと思っているが、かわいいA子に似てほしかったから、正直ちょっと複雑だ。

 それはそれとして、やっぱり自分の子供、それも娘はかわいい。
 C美は6カ月ぐらいまでは夜泣きが酷くて大変だったが、俺もできるだけ協力したし、すくすく元気に育った。
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