君の絵を描くなら、背景は水平線にしよう。
ずっと一緒に
ずっと一緒に
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唯鈴side
私のお家は、少し高いところにある。
1人ぼっちで、窓から海を見ていたら。
海を無邪気に駆け回る男の子がいて。
私も仲間に入れて、一緒に遊ぼ?
そう言いたくて、気づけば私は家を飛び出していた。
でも中々声をかける勇気が出なくて、男の子と少し離れたところで海を眺めていたら。
「ねぇ、だぁれ?」
もっと遠くの方にいたはずの男の子が、すぐそこから私に尋ねてきた。
ワクワクした顔の男の子は、少し可愛くて。
「遠永、唯鈴」
気づけば私は、自分の名前を口にしていた。
次の日。
お母さんがお仕事にいって暫くしたら、私はこっそり家を出た。
あの男の子に会いたい。
その気持ちを胸に、朝の8時から海へ向かった。
やっぱり早く来すぎたのか、男の子はその2時間後にやってきた。
暇していた私は、男の子が来てくれたことが余計に嬉しく感じて、つい大きく手を振ってしまった。
男の子は、そんな私を見ると、パアッと顔を明るくして駆け寄って来てくれた。
「!いすずちゃんっ」
名前を呼んでくれたことが、とても嬉しかった。
そしてその声は、寂しくて泣いていた私の心を、慰めてくれた。
その男の子とは次の日も次の日も遊んで、その子の名前が杉野朔夜くんと言うことを知った。
朔くん、と呼ぶ自分の声が好きなくらい、いつしか朔くんのことを好きになっていた。
春休みが終わったらこうして会えなくなることは分かっていたから、せめてそれまではずっと一緒にいようって。
その思いは、4月1日、私の誕生日の時だってずっと胸の中にあった。
ずっと、一緒。
でも、強い波に足を取られて、私と朔くんは溺れてしまった。
私と朔くんはギュッと手を握っていて、離されることは無かったけど。
朔くんが危ない状態にあると分かったから、私は願った。
神様、お願いします。
朔くんを助けてください……っ
私の、初恋の人を。
すると辺りは眩しくなって、その光は私から出ていたような、そうじゃなかったような。
そこから、私の人生は大きく変わる。
目覚めるとそこは波打ち際で。
長いこと眠っていた気がするのに海にいる自分に驚く。
が、それよりも驚いたことがあって。
心配そうに私の顔色を伺う、大きい、男の子。
え、朔くん……だよね?
大きくなってるけど、かっこいいのは変わらない……ううん、もっとかっこよくなった。
そう内心ドキドキしながら朔くんに西暦を尋ねると、あの日から10年が経過していた。
良かった。
朔くんは、生きてる……っ
そう安心すると、眠気に襲われて私は力尽きてしまった。
朔くん、ねぇ朔くん。
今まで、元気だった?
そう尋ねる夢を、見たような。
再び目を覚ますと、そこは白かった。
……あれ?
あっ、病院か。
状況はすんなり飲み込めたが、大きくなった朔くんにはまだ慣れない。
「久しぶり、朔くん」
とは言いつつも、朔くんに挨拶をする。
でも朔くんは驚いた表情をして、私に言ってきた。
「なぁお前、なんで俺の名前知ってるんだ?」
声は低くなってるし口調も変わっている。
でも私はそんなことより、朔くんの言っている意味が分からなくて困惑する。
もしかしたら、私を忘れてしまっているのかもしれない。
そう思ったけど、何故か頭の中で自分がそれを否定する。
朔くんは、私を覚えていないのではなく、そもそも“知らない”のだと。
悲しかったけど、私も何故か生きている。
どうせなら、朔くんとの人生を楽しもうって、呑気に思った。
私に残された時間は少なくて、そうなったのは私が朔くんを助けたからだということに気がつくまで、そう時間はかからなかった。
数週間したら脳内で整理がつきその結論に至ったが、朔くんを助けたことを後悔なんてしなかった。
朔くんが生きてくれるなら、って思ったよ。
でもとある日、朔くんは誰にも何も言わず家を出ようと、玄関で靴を履いていた。
すぐに分かった。
これは、1人で行かせちゃいけないって。
だから朔くんが優しいのを利用して、私は朔くんの自殺を食い止めた。
残酷だとは思うけど、朔くんにもうこんなことをさせない為に、私は余命のことを話した。
きっと余命は1年だけど確証は無かったから、死んじゃうんだ、とだけ伝えて。
案の定君は、私とずっと一緒にいることを約束してくれた。
それで一安心な、はずだったのに。
朔くんへの恋の気持ちは、日に日に増していくばかり。
そんな中君に、神社で好きだと言われて。
辛いだけのそんな道を歩ませる訳にはいかないと、なんとか自分の気持ちを抑え、もう私は助からないということも伝えた。
そうしたら、君は諦めてくれると思ったから。
でも君は予想の反対を行って、涙を流しながら私の結末に悲しんだ。
そんな君が、あまりにも人間らしくて。
私には勿体ないくらい優しい人だと思った。
このままだと君を受け入れてしまいそうだったから、逃げるように私は階段を下りた。
なんとか自分の気持ちを閉じ込めながら、私がいなくなるまで5日となった。
その日は、朔くんの誕生日で。
そして同時に、朔くんのお父さんの命日にもなってしまった。
朔くんは家を飛び出し、まさかと思ったけど、その予想は的中して。
海へと沈んでいく朔くんの後ろ姿には、胸が締め付けられた。
親のいない私には想像出来ないほど、朔くんは限界を迎えていた。
ずっと一緒にいるという私の約束を、破ろうとしてしまう程に。
「……死のうと」
そんなことを言う朔くんなんて見ていられなくて、私は冷たい海の中大きな声で言った。
「どうして自分が愛されてるってことが分からないの!?朔くんがいなくなったら、悲しむ人が沢山いるんだよ!?その事に気がついてよ!……約束、したじゃん……っ」
流してしまったけど、私は朔くんの告白、凄く嬉しかったんだよ?
その思いを胸に、私と真琴くんでなんとか朔くんの自殺を防ぐことが出来た。
とはいえ朔くんの心へのダメージは大きい。
だからまだ近くにいてあげたかったけど、私にそんな時間はもう残されていなかった。
病室に駆け込んできた朔くんは、息を切らしていた。
心配そうに、不安そうに、慌てて焦って。
酷い顔をしていたけど、それは私のことを思ってくれているが故のものだと思うと、とても胸が熱くなった。
泣き出してしまう朔くんを慰めたいけど、それが出来ない現実はとても悔しいもので。
その代わりに、数日前から用意していた手紙を朔くんに手渡した。
悔いは無いなんて全くの嘘だけど、手紙を渡せて良かったと、その思いを胸に瞳は閉じていった。
いよいよ私は、朔くんのいる世界から消えてしまう。
ありがとう。
さようなら。
愛している。
その言葉を頭で呟き、終わりを待った。
そして、目が覚めた。
天国かな、と思っていたら、景色は見慣れた病室だった。
最初は何が何だか分からなかったけど、私と同じ名字の看護師さんを見て、なんとなく気がついた。
私は、助けられたのだと。
その看護師が自分の母親だと知って、色々な感情が混ざった。
命を捧げさせてしまった申し訳なさ。
今までどうして会いに来てくれなかったのか、という疑問。
まだ自分は生きれるという嬉しさ。
でもその気持ちは、明かされる真実から段々と申し訳なさが大きくなり、新たに悲しさも生まれた。
涙が出たけれど、私の愛する人が泣いてもいいと抱きしめてくれて。
それで私は、やっと決意が出来た。
母親との別れをたくさん悲しんだ後、私は言った。
「朔くん。私と、付き合ってください」
そして手に入れた、これまで以上の幸せ。
「彼氏だけじゃなくて、俺のお嫁さんになるって願いも、神じゃなくて俺が叶えてやる、絶対に」
そう言ってくれる朔くんはとても真剣な顔をしていたから、
そうきっと、叶えてくれる。
だって朔くんだもん。
と、つい傲慢になってしまった。
でもそうなれるのは、怖いくらいの幸せを感じさせてくれる、奇跡があったから。
後日朔くんが描いてくれた絵は、しっかりと私の胸に刻まれた。
朔くんが絵が上手なことは知っていたけど、あの絵からは何か特別なものを感じた。
やはり、自分が描いてあるからだろうか。
これまでの苦しみを含めた、心からの幸せが伝わってきて、泣かずになんていられない。
ああ私、朔くんに出会えて本当に良かった……っ
こうして永遠の笑顔へと繋げた後、私と朔くんの1年間は、幕を閉じた。
──7年後。
4月12日。
私と朔くんはあれから、それぞれ自分の目標に向かって頑張っている。
朔くんは去年まで藝大に通っており、今は国内を中心にアーティストとして活動している。
ネットではあまりいい反応が無かったけど、大学に入った途端一気に知名度が上がり、今や個展を開くほどの人気を誇っている。
朔くんは毎日楽しそうで、私も朔くんの絵に正当な評価が得られるようになって嬉しいし満足。
一方、私は朔くんとは違う大学で保育を学び、現在は保育士として子供たちと触れ合う日々。
実は真琴くんには年の離れた妹がいて、高校2年生の時にその子と遊んだことをきっかけに、私は子供が好きだということに気が付き保育士になることを志したのだ。
そして今、私たちは海に来ている。
「こっちの海見るの、久しぶりだねっ」
「そうだな。正月は個展があって帰って来れなかったし、ほぼ1年ぶりか」
大学はお家から離れたところにあるため、普段はここから遠い場所で暮らしている。
こうして実家近くの海へ訪れるのは、去年のお正月休み振りだ。
でも大学の近くの海には何度も行っており、海が好きだということは、7年前から変わっていない。
何か大きく変わったことと言えば、つい先週の4月1日から、薬指に結婚指輪がはめられていること。
こっちに帰ってきたのも、結婚式を故郷で行うためだった。
「ついに私たち、結婚したんだね……」
「ああ。絶対に俺のお嫁さんにしてやるって言っただろ?神に願わなくたって、自分たちで叶えられる」
「そうだねっ」
「海、ちょっと入るか」
うん、と言って欲しそうな目で尋ねてくる朔くん。
もう、そんな顔されちゃ、入らずにはいられないでしょ?
「うんっ、そうしよう!」
そして私たちは、もう23歳にも関わらず、靴を脱いで海へと足を踏み入れた。
その途端。
「ほれっ」
朔くんに水をかけられてしまった。
このシーン、どこか既視感が……
いやあの時は、私から始めたような……?
まぁいっか!
楽しまなきゃ、今を損しちゃう!
そう思い、私と朔くんはしばらく海水をかけてはしゃいだ。
終わった時にはもうそれなりに疲れていて、砂の上に腰を下ろした。
「まぁまぁ疲れるな……体力落ちたか?」
「朔くんもうおじいちゃんなんじゃない?」
「俺はまだ23だ」
「あははっ、そうだね。それに確かに疲れるけど、すっごく楽しい!」
いい意味で、私たちは7年前と何も変わっていない。
海が好きで、朔くんは絵を描くことが好きで、そんな朔くんの絵が私は好き。
こうして隣に座って海を眺めるのも、あの頃と同じ。
この日々がずっと続けばいいなって、思うんだ。
「ねぇ朔くん」
「ん?」
「愛してるよ。この先もずっと」
「ああ、俺も愛してるよ、唯鈴」
そしてそっとキスをして、果てしない水平線に確信する。
私たちの幸せは、きっと“永遠”だって──
Fin.