君の絵を描くなら、背景は水平線にしよう。

最後じゃないデート










最後じゃないデート



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朔夜side



午後1時。
人生で最期の母の手料理を食べ、誰にも何も言わず、家を出ようと靴を履く。
右足の靴紐を結ぶために、玄関に座っていると。



「……朔くん?どこ行くの?」
「!」



驚くと同時に振り返ると、そこには唯鈴の姿が。



……よりによって。



「……コンビニだよ」
「え!私も行く!」
「ダメだ」
「えーなんで!?いいじゃん!」
「ダーメーだ」
「えぇ〜」



なんだ?



今日に限って中々引かない唯鈴。
このまま行ってもついてきそうだ。
どうしようか悩んでいると。



「じゃあ、私行かない」
「……え、ああ」



急に引き下がるな、と思ったら。



「だから、朔くんも行っちゃダメ!」
「はあ?」
「私と一緒にいるの!」
「なんでだよ?」
「だって……」



唯鈴の声のトーンに違和感を覚え、靴に戻していた目線をまた唯鈴に向ける。



「だって、このまま1人で行かせたら、朔くんが帰ってこないような気がして……っ」



唯鈴は瞳にたっぷり涙をためて、震えた声で言った。



っなんで、そんな顔…………



今までに見たことの無い唯鈴の悲しげな顔が、どうしても見ていられなくて。
俺はつい唯鈴の涙を拭ってしまった。



「………分かった、分かったから。もう泣くな」
「う、ぐす……ほんと?」
「ああ、ほんとだ」
「っ……よか、った……」



唯鈴の顔に笑顔が戻って一安心する。
俺はいつからこんなにも唯鈴に甘くなったのか。
自殺なら明日にでも、その次の日にでも出来るじゃないか。
だから、唯鈴を泣かすくらいなら、今日は唯鈴のそばにいよう。
3ヶ月前の決意を、俺は簡単に破った。
そのことを知らずに唯鈴は、泣き止んだと思えばこんなことを言ってきた。



「も〜泣いちゃったじゃん!……てことで、デート行こう!」
「何がどうなったらそうなる!」



唯鈴と出会って3ヶ月間と少し。
未だに唯鈴の思考回路はよく読めない。



てかデート?
デートなんかしたことないし、死のうとしてた日にそんなことするか?



その答えは否だ。
どう考えても普通じゃない。
まぁ、唯鈴にとって普通かどうかなんて、関係ないんだろうけど。



「朔くん私のこと泣かしたんだから、その責任を取ってもらうってことで。泣いたあとには目いっぱい楽しまなきゃでしょ?だからデート!あ、もちろん朔くんの奢りでね?」
「い、や、だ」
「……う、ひどい、ひどいよ朔くん。こんなに可愛い女の子泣かしておいて……」



クッ……



「あーもー分かったよ!行きゃいいんだろ、デート!」
「ほんと?やったー!」



下手な演技にやられて承諾する俺も俺だ。
だけどやっぱり、唯鈴の泣き顔は見ていられない。
元々死にに行くつもりだったので財布の用意なんてしていない。
唯鈴に少し待つように言い、2階の自分の部屋から財布を持ってくる。



「じゃあ行くぞ。サッと行ってサッと帰ってくるからな」
「うん!」



この時の俺は思っていなかった。
今日のデートで、唯鈴の大きな秘密が明かされることになるとは。






俺と唯鈴がデートとして来たのは、家から徒歩30分ほどの場所にある商店街。
商店街と言っても新しいお店が多く、若者に人気のスポットだ。
商店街に入り、まず最初に唯鈴が目を輝かせたのが。



「わっ、朔くん見て!ソフトクリーム!私食べたことないから、食べてみたい!」
「ああ……って、は?」



今こいつ、ソフトクリーム食べたことないって言ったか?
マジか。



「食べたことねぇの?」
「うんっ、だからずっと気になってたんだっ」
「そう、か……まぁ、暑いし。そうするか」
「うんっ」



理由は聞かないでおいた。
事情を聞いて変な空気になるのは避けたい。



「俺は……バニラかな」
「私ミルクがいい!」
「ん、じゃあ、バニラとミルクを1つ」



そして数分後。
綺麗な形をしたソフトクリームがやってきた。



「あそこのベンチに座って食べよっ」
「ああ」



唯鈴は今にもスキップをし出しそうで、ソフトクリームを落としてしまわないか心配になるほど浮かれている。



そんなにソフトクリームが楽しみだったのか。
ご飯を前にしたポメラニアンみたいだ。
……いや、猫もあるな。



なんてことを考えながら、唯鈴の隣に座って、ソフトクリームを1口。



……うま。



7月下旬。
今日の最高気温は32度。
冷たいものがピッタリな猛暑日だ。



唯鈴も随分とお気に召したようで。



「んん〜っ!幸せっ、おいしすぎるっ」
「そりゃ良かったな」



今日、本当は無かったはずの笑顔を見て、心から良かったと思う。
やはり、唯鈴には笑顔が1番だ。



そして唯鈴はあっという間にソフトクリームを完食し、今度は視線の先にあった雑貨屋へと駆けて行った。



「ちょ、唯鈴!あんま先々行くなっ」



唯鈴ならこの年齢でも迷子になりそうだ。
だからいつも目を離せない。
そんな俺の苦労に気づかないまま、唯鈴は笑顔でキーホルダーを見せてきた。



「見て朔くんっ、これ可愛くない!?」



そのキーホルダーは小さいペンギンのフィギュアとリボンが付いている物だった。



ペンギンか……まぁ、悪くない。



「これ、お家に戻ったら自分の分は払うからさ、2人でお揃いにしないっ?」
「お揃い?」
「うんっ。私、朔くんとお揃いのものが欲しいって、前から思ってたの!」



唯鈴が、そんなことを……



キーホルダーは1つ1000円。



こいつ、値段は可愛くないな……
でもまぁ、いいか。
形に残る思い出が作れるなら。



今日は死に損なったけど、どうせ明日には無い命だ。
1000円でより良い死を迎えられるなら、安い方だ。



「じゃあ、買うか?」
「!うんっ」



そして、唯鈴には水色のリボン、俺には紺色のリボンがついたキーホルダーを購入した。
その後は商店街を一通り見て回ったら、近くのゲームセンターへ行きクレーンゲームをした。
800円使ったものの、残念ながら何も取れなかった。
そうこうしていると、時刻は午後6時前。
夏とはいえ少し薄暗くなってきたので、唯鈴と一緒に家へ向かう。



「やっぱりクレーンゲームって難しいね。私クレーンゲームで景品取れたこと無いよ〜」
「そうなのか?」
「うん。だから今日も取れなくてすっごく悔しい!」



そんな唯鈴に、また行こうと言えないのが少し虚しい。



でも、俺がいなくてもきっと、母さんや父さん、昴たちが連れて行ってくれるだろう。



なんて人任せに考えていると、建物を抜けて海が見えてきた。
そして唯鈴は、何かを思い出したかのようにあっ!と声を上げて。



「そういえば!私が倒れたあの日、朔くんが安静にしてなきゃダメだって言ったから、また今度海に行こうって約束したよね!?」
「……確かに」



そんなこともあったな。



「でも結局一度も行ってなくない!?」
「……確かに」
「お家のすぐ近くにあるのに!」
「……確かに」
「も〜!確かに、ばっかり言ってないで、今から行くよ!」
「は、ちょ、おい唯鈴!」



俺は唯鈴に手を引かれ、スニーカーで海水に濡れるギリギリの所まで連れていかれた。



「ちょ、危な。濡れるだろっ」
「あはは、ごめんごめん」



……あ。
でも、このスニーカーも、もう履くことは……



そう思うと、自然と顔は下を向いていた。
これは、まだこの世界に未練があるということだろうか。
矛盾している自分に不快感を覚える。
そんな暗い心を浄化して、俺に前を向かせてくれたのは。



「わっ、あははっ。冷たいっ、気持ちいい〜!」



靴を脱ぎキーホルダーをポケットに入れ、足だけを海に入れてはしゃぐ、唯鈴の姿だった。
そして思う。
唯鈴には水平線が似合う、と。
青とオレンジのグラデーションで出来ている水平線が、彼女と垂直に交わっている。



……なんて、綺麗なんだ……



彼女の体が光っているように魅せるのは、目に焼き付くほど幻想的な夕日。
その光は、彼女の揺れる髪の隙間からもこちらを覗いている。
そんな景色に思わず我を忘れていると、カラスの鳴き声でハッとする。
そして靴紐が解けていることに気が付き、結び直そうと思った、そんな時のことだ。
今まで青かった空が、急にオレンジ色になっていった。
夕日に変わる時ってこんな感じなのか、と思った刹那。
俺は目を見開く。
唯鈴が、泣きそうな顔をしていたから。



っまた……なんでだよ、やめてくれ……



困惑する俺に、唯鈴が放った一言。








「私、死んじゃうんだぁ……」



俺は思わず、キーホルダーを落としてしまう。
それと同時に、唯鈴の瞳から涙があふれる。
泣いているけど、笑っている。
無理して、俺のために。
それが何よりも悲しくて、俺は言葉が出なくなる。



「……は」
「いつ死んじゃうのかは、秘密だよ。教えてあげない」
「っ……」



唯鈴が、何を言っているのか分からない。



唯鈴が死ぬ?
なんで、どうして。
なぜ死ぬと言い切れる?
死ぬのはいつ、どうやって。



唯鈴は自殺なんかを考えるやつじゃない。
なら、唯鈴はどうして……



過去で1番混乱する頭についていけない心。
目を泳がせる俺に、唯鈴は言った。



「……朔くんさ、今日、死のうとしたでしょ」
「っ……なん、で」
「分かるよ。だって、朔くんだもん。私が恋してる人だもん」



またも衝撃の事実が明かされ、俺は崩れるようにその場に座り込む。
俺が帰ってこない気がすると、泣いた唯鈴。
つまりはその時、唯鈴は俺が死のうとしていることに気づいて俺を止めたのだ。
突然デートなんて言い出してどうしたのか、と俺が困惑していた時、唯鈴は俺の……自分の好きな人の自殺を止めるために、ちゃんと考えていたのだ。
そして、そんなことをさせてしまったのが自分なのは一目瞭然で、数時間前の自分を殴りたくなる。
そして、自分が唯鈴の想う人であることが、申し訳なくなる。



……唯鈴、なんで俺のことなんか好きになったんだ。
もっと良い奴なんて、他にいくらでもいただろうに。
こんな俺を好きにさせてしまってごめん。
唯鈴に好きになられてしまった自分、何をしてるんだ。



唯鈴に好きだと言われて、嫌だった訳じゃない。
むしろ嬉しかった。
唯鈴は優しくて、明るくて、愛らしい笑顔で俺を照らしてくれる。
でもだからこそ、そんな子に俺が好かれるのは、あまりにも贅沢で、傲慢で、不釣り合いだ。
でも、唯鈴の気持ちを否定するのが自分なのは嫌だ。
唯鈴には、幸せになって欲しいから。
だから、受け入れることも、断ることも、俺には出来ない。



唯鈴は黙りこくっている俺の目の前まで来て、しゃがみ、視線を合わせる。
そして両手で、俺の頬に優しく触れた。
唯鈴の魅力的な瞳が、視界に大きく映る。



「朔くん、私、朔くんのことが好きだよっ」
「っ……」



こんなにも近くにいて、俺に触れていて、俺が好きだと言っているのに。



死ぬって、なんだよ……っ



唯鈴が何をしたと言うんだ。
悪いのは俺じゃないか。
なのに唯鈴だけが悲しい思いをして、無理に笑って。
綺麗な夕日も、涙でぼやけて見えにくい。
ただ確かなのは、そんな夕日がどうでもよく思えるほど、俺は唯鈴に惹かれているということ。
唯鈴は、俺の目をまっすぐ見て、珍しく真剣な顔で言った。



「私、ずっと朔くんの隣にいたい。だからお願い。ずっと死なないで、私と一緒にいて?私が死んじゃう、その時まで」



今日死のうとしていた自分が、馬鹿らしく思えた。
俺は何か重い病に犯されている訳ではないし、平和に暮らしていたら長生き出来る体を持っている。
でも唯鈴は違う。
どうして死ぬのか、その原因が病気なのかも分からないけど、少なくとも俺よりはずっと辛い思いをしている。
生きることを望む人がいる中、恵まれた俺が死のうとするなんて、罰当たりにも程がある。
俺は、唯鈴の願いを受け入れるしかなかった。



「分かった、ずっと一緒にいる。だから泣くな、辛い顔をするな。唯鈴には笑顔が一番なんだから……っ」



唯鈴の気持ちに応えることは出来ないけれど、唯鈴が俺にそばにいて欲しいと言うなら、そのくらいのことはしてやれる。
だから、泣かないで。



「ありがとう朔くん……っ」



君には笑顔で、いて欲しい。



3ヶ月前、俺は神に言った。
高校1年生の一学期が終わるまで待って欲しいと。
でも、俺はその頼みから逃げることになる。
だから神は怒るかもしれない。
怒って、俺に受け入れ難い運命を辿らせようとしてくるかもしれない。
でも、唯鈴のために俺は、どんな運命にも勝ってみせる。
だから、少なくとも唯鈴が生きてくれているうちは、死のうとなんてしないと、自分と約束する。



そして、唯鈴のことを救いたい。
唯鈴に残された時間がどれほどのものなのかは分からないし、聞いても唯鈴はきっと答えてくれない。
だからなるべく早く、唯鈴を救い出す方法を見つけて、余命のことなんて気にせず生きていって欲しい。
もし俺の力で唯鈴を救うことが出来たら、俺は自分のことを少しは好きになれるかもしれない。
その時は、唯鈴の気持ちを受け入れよう。



「約束だ、唯鈴。そばにいるから、唯鈴も俺のそばにいてくれ」
「うん、もちろんだよっ」



死のうとなんてしない。
でも。



「でももし、万が一俺が約束を破ろうとしたら、殴ってでも止めてくれ」



そう言うと、唯鈴は涙を拭いながら、



「好きな人を殴りたくはないけどなぁ、ふふ」



と笑顔を向けてくれた。
夕日を背に結んだ、命懸けの約束。



絶対、守ってみせるから。



帰り道、俺と唯鈴は目をパンパンに腫らして歩みを進める。



「一生分泣いちゃったよ〜」
「だな」



お互い酷い顔をしているけど、そこには笑顔があった。



「きっと椿さんびっくりしちゃうよね!なんて言い訳しよっか?」
「言い訳……ダメだ。全然思いつかねぇ」
「だよねぇ、どうしよ!」
「ふっ、呑気だな」
「このくらいが丁度いいの!じゃないと疲れちゃうよ」



……確かに、そうかもしれないな。
呑気に、か……
もう少し早く、気づけていれば。



と後悔するけど、これからはもう大丈夫だ。
唯鈴の笑顔のためなら、なんだってやれる気がするから。



……なんて、少しカッコつけて意気込んだ、とある男子高校生の夏休み初日。


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