君の絵を描くなら、背景は水平線にしよう。
終わりは突然に
終わりは突然に
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朔夜side
今日は3月25日。
初詣の出来事があってから、約4ヶ月弱が経過した。
唯鈴は、あれからずっと何も無かったかのように接したがるので、俺も唯鈴に合わせている。
だから喧嘩などは全くなく、逆に平和すぎる日々が続いている。
まぁ俺は、そんな日々の訪れより唯鈴の本心を聞けることを望んでいるが。
丁度今日から春休みに入り、初詣の時は頬を刺すように冷たかった風が、それなりに温かさを増してきたのが分かる。
そんな今日、俺の家のリビングはとても賑わっている。
なぜなら……
「ねぇこの飾りどこがいいと思う?」
「うーん……こっちかな」
「あれっ、クラッカーどこだ!?」
「も〜昴くん、ここだよっ」
昴たち3人が家に来ているからだ。
実は今日、俺の誕生日パーティが行われる。
今はその準備中で、キッチンで料理を作っている母を背に、俺以外の4人が部屋の飾り付けをしてくれているのだ。
「お〜い……やっぱり俺も手伝った方が……」
「ちょっと朔くん、主役がそんなことしちゃダメでしょ?」
「そーだぞ朔夜!心配しなくても、俺たちが完璧に飾り付けてやるから!」
さっきからクラッカー鳴らしたくてソワソワしてる奴が何言ってんだよ……
とまぁこんな感じで、飾り付けが終わるまでは時間がかかりそうだ。
でも、父の仕事の都合上パーティが始まるのは18時からとなっている。
今はまだ16時だし、焦りはしなくていいだろう。
のんびりと待つか……
あ、そういえば。
「唯鈴」
「ん?」
「唯鈴って誕生日いつなんだ?」
唯鈴と出会ってほぼ1年なのに、一度も聞いたことが無かった。
誕生日パーティしてやれなかったな……
と後悔しながらも尋ねる。
唯鈴はいつものように明るく答えてくれると、そう思っていた。
でも唯鈴は、表情を暗くして。
「……4月1日だよ」
と答えた。
その表情に困惑するものの、唯鈴の誕生日が4月1日であることへの驚きが勝る。
「ってことは唯鈴、あと1日遅く生まれてたら俺たちの一個下の学年だったのか……それに4月1日って、俺らが出会った日だし」
あの日、唯鈴は誕生日だったのか……
言ってくれれば良かったのに。
まぁ、初対面の人の家に居候することになった初日だもんな。
遠慮して言いにくいか。
でも4月1日なら、あと少しでやってくる。
だから。
「じゃあ、4月1日にも唯鈴の誕生日パーティするか」
「え?」
「なんで驚くんだよ?」
「あ……ううん、ありがとう朔くん。その気持ちが嬉しいよっ」
気持ちって……本当にやるけど。
まぁ良いか、と思いながらテレビをつける。
すると、丁度アナウンサーが「ここからはニュースのお時間です」と言っている所だった。
ニュースはつまらない、と思い番組表を見てみるも、面白そうな番組が見当たらない。
このままニュースでも見ておくか、と思った時。
「あっ、唯鈴ちゃんこれ足りないかも……」
と明那が困った顔をして言った。
すると唯鈴は時計を見て時間を確認し、
「まだ時間あるし、買いに行く?」
と言い出した。
「いや、そこまでしてくれなくても……」
「だーめ、朔は良くても私たちが完璧にやりたいの」
そして、明那と唯鈴は財布を持って家を出ていった。
なんだか申し訳ないな、と思いながらもニュースに目を戻した。
その20分後。
いつも通り見応えのないニュースに眠たくなっていると、アナウンサーが、6歳の子供が足を滑らせ川に落ち、溺れてしまうという事故に触れ始めた。
溺れるのもそうだけど、冬の川に落ちるとか寒すぎ……
と、自分が落ちた時を想像し身震いをする。
すると、料理がひと段落したらしき母さんが、辛そうな顔をしながらやってきて。
「朔は……覚えてないと思うけど」
と、過去の話をし始めた。
「めでたい日にする話じゃないのは分かってるんだけど……朔は、5歳の時、海で溺れちゃったことがあったの」
「え、俺が?」
初めて聞くその話が、にわかに信じ難い。
驚く俺を置いて、母さんは話を続ける。
「ええ。結構危ない状態だったけど、奇跡的に助かって……でも、朔と一緒に溺れてしまった女の子は、今も行方不明なのよね……」
俺はもっと困惑する。
女の子と一緒に溺れた?
しかもその子は行方不明?
俺は“奇跡的に”助かった?
小さい頃一緒に遊んでいた女の子の記憶なんて全くないし、その情報量の多さには頭痛すら覚える。
「え、その子の名前って……」
名前を聞いたら思い出すかもしれない。
そう思ったけど。
「なんだったかしら……とても綺麗な名前だと思った記憶はあるんだけど……どうしても思い出せないわ」
と上手くいかない。
でも綺麗な名前だということは分かった。
綺麗な名前……綺麗な名前?
そこで思い浮かんだのは。
……唯鈴。
俺は唯鈴の名前を聞いた時、綺麗だと思った。
それも無意識に口から出るほど。
思ったけど……まさか、な。
不思議と流れ出る冷や汗を拭う。
そして、疑問に思っていたことを口にする。
「……俺は、なんでこんなに覚えてないんだ?その子の名前、存在、何も思い出せない……」
その言葉に、母さんは悲しい顔をする。
「それは……朔夜がショックのあまり忘れてしまったんじゃないかって、お医者様が」
「は……ショック?」
ショックって……俺はそこまでその子のことを思っていたのか?
なら尚更、その子のことを思い出したくて仕方がない。
どうしても思い出せないのか、と幼い頃の記憶を辿っていると。
『───、───』
女の子に、名前を尋ねたことが……
……あれ?
いや、それは現実じゃなくて、いつかそんな夢を……
ズキッ。
思い出せそうな、はたまた夢の中での出来事かもしれないことが脳をよぎると、鋭い頭痛がして顔をしかめる。
なんなんだ……そんなに思い出させたくないのかよ、俺……
母さんが心配そうに顔を覗いてくる。
「朔?大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫。それで母さん、その子の名前思い出せないんだよね?じゃあ日にちは?」
「それは忘れていないわ、4月の1日よ。エイプリルフールだったし」
「っ……!?」
また、4月1日……
唯鈴と出会ったのも、唯鈴の誕生日も、そして正体不明の女の子と俺が溺れた日も……
全部、4月1日だ。
あまりにも偶然が重なり過ぎている……
そんなことが有り得るのか?
鼓動が早くなっていくのを感じ、ソファから立ち上がれないでいると。
「ただいま〜!」
「風船買ってきたよ〜!」
と、唯鈴と明那が元気よく帰ってきた。
「朔くんっ、ここから猛スピードで飾り付けしちゃうから期待……って、あれ、朔くん?」
「え……あ、ああ、うん。ありがとう」
唯鈴に名前を呼ばれたことにより、やっと体が動くようになる。
「朔くん大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。腹減って限界なんだよ」
「あははっ、すぐに準備しちゃうから、待ってて!」
唯鈴に心配をかけないように、咄嗟に嘘をつく。
その場をやり過ごせたのはいいけど、胸の中では渦が巻くばかり。
もし、その一緒に溺れた女の子が……
唯鈴、だとしたら。
唯鈴は、俺のことを覚えているのだろうか。
行方不明になっていたのなら、今までどこにいたのか。
唯鈴たちに背を向けて、ソファで考え込む。
でも何も分かりそうになく、もどかしく思うこと30分。
気づけば、時刻は17時を回っていた。
そして、部屋の飾り付けと料理ともに準備が終わる。
「まだ紘さんが帰ってくるまで1時間あるから、みんなゲームでもして待っててくれる?テレビにゲーム機繋いでもいいから」
「椿さんあざっす!」
「ありがとう椿さん!じゃあみんなで対戦しようよ!」
ゲームする気満々の昴たちを、母さんはキッチンから微笑ましく眺めている。
……俺も、ゲームでもして気を紛らわすか。
「昴、今日も俺に負かされるつもりか?」
「いーや、今日は俺が勝つね」
なんて対抗心むき出しで、俺たちはひたすら対戦をした。
その1時間後、そろそろ父さんが帰ってくる時間だ。
俺と昴の勝負は拮抗しており、決着をつけるためにもう少しだけ、とゲームを続ける。
それから更に20分ゲームを続けるも、父が帰ってくる気配はない。
一度手を止め、母に尋ねる。
「父さん遅くない?」
「そうねぇ、この時間帯だし、渋滞してるのかしら」
そんな時だった。
家に電話がかかってきたのだ。
テレビの前に群がる俺たちを横目に、母さんが受話器を手に取る。
そしてその数秒後。
「………え?」
という母の声と同時に、母の手から受話器が滑り落ちる。
そして母さんは、その場に崩れ落ちた。
それまで騒いでいた昴たちが、一気に静まり返る。
「椿さ……」
「昴黙って」
真琴にそう言われた昴は口を閉ざす。
「母さん?」
俺は母の元へ駆け寄る。
電話はもう切れていたから、母に何があったのかと聞くと、今までに聞いたことないほど掠れた声で
「……ひ、紘さんが事故で……な、亡くなった、って……」
神が辿らせようとしてくる受け入れ難い運命に、勝ってみせると意気込んだ過去の俺へ。
そんなこと到底、出来そうにない。