坂の町で、君と。

2-7 ため息の理由

 年が明けて、寒さが厳しい二月。
 雪乃はいつものように実家のNORTH CANALを手伝いに行っていた。特に大きな予約は入っていないけれど、晴也と明鈴が仕事と学校にそれぞれ出かけてから実家に行くのは今では日課になった。
 雪乃が独身の頃は父親も札幌まで仕事に行っていたけれど、既に定年退職をして運河周辺でボランティアをしている。
「前はノリ君たち来てくれてたけど、最近ないから寂しいわぁ」
 NORTH CANALがオープンしたときからの常連客、ノリアキ、モモ、アカネ、ジローの四人組。いつも二月上旬に連泊していたけれど、ノリアキとモモが結婚して子供ができてから全員で来るのは難しくなった。ちなみにアカネとジローも、他の誰かと結婚したらしい。
「個別には、ときどき来てくれてるけどねぇ」
「みんなで会いたいなぁ」
 毎年二月の上旬は、彼らと鍋を囲むのが恒例になっていたあの頃。雪乃が晴也と出会ったのも、ちょうど彼らが連泊しているときだった。道に迷ってしまった晴也を、翔子が見つけて連れて来てくれた。
「お母さん──、小野寺さんって覚えてる?」
「小野寺さん? ああ、晴也君の……、うんうん」
「実はね、あのときの男の子がいま、明鈴の家庭教師してくれてんのよ」
 昇悟のことは、雪乃の母親も知っていた。実際に会ったことはないけれど、彼の母親には会ったことがある。元気で素直な男の子だと雪乃が話していた。
「夏に明鈴が倒れたって言ったやろ? 助けてくれたのが昇悟君で」
「へぇ! あー……あれからもうそんなに経つん? なんで最初に言ってくれんかったん?」
「まぁまぁ……、そのあと偶然『やんちゃ』で会って、そういう話になって」
 明鈴に家庭教師が必要だとは、ずっと晴也と話していた。勉強が苦手ではないようなので、習慣付けてもらえる人を探していた。昇悟は大学を中退しているけれど成績は良いようなので晴也が聞いてみた。彼にお願いする予定はなかったけれど、再会したとき晴也が言うのを聞いて、それもいいな、と思った。
「明鈴があのこと知ったら、変に気にするかも知れんやん。いつか話すことはあるやろうけど、いまは……。それにね」
 雪乃は少し難しい顔をしながら話し、母親も、うーん、と考えながら聞いていたけれど。雪乃が笑いながら話題を変えると、母親も「なによー? 教えて」と前のめりになった。
「こないだ昇悟君が、明鈴にクリスマスプレゼントくれたんよ」
 明鈴のペンケースが変わったことは雪乃もすぐに気付いた。嬉しそうに大事そうに使っているので聞いてみると、昇悟からのプレゼントだと教えてくれた。
「すっごい嬉しそうにしてて」
「良いなぁ、明鈴! やったね!」
「でもねぇ……。明鈴はどうも、昇悟君のことは何とも思ってないみたいで」
「ええ? 昇悟君って……ブサイクなん?」
「ううん。好青年。仲は良いんやけど……年離れてるからかなぁ。全く異性として意識してないわ」
 最初に挨拶した時はぎこちなかったけれど、最近は普通に会話しているし、明鈴が学校帰りに昇悟の店に寄ってくることも増えた。それでも明鈴は本当に昇悟のことを何とも思っていないようで、そのことを少しだけ昇悟が気にしていると聞いた。彼が川井家に泊まることになった、クリスマスの夜だ。
 昇悟が学校に通っていた頃は女の子に近づくと妙に緊張されたのに、明鈴にはそれが全くないらしい。年齢差があるにしても少しぐらい気にしてほしいと、溜息をついていた。
「昇悟君もかわいそうやなぁ……、難しい時期なんかもしれんけど」
「うん……あ、でも、こないだバレンタインにお返ししてたよ」
「ははは、それなら良いやん、心配せんでも」
「どうやろ? まぁ……いいか。そもそも、そんなつもりで呼んだんじゃないし……」
「晴也君とのこと──、昇悟君から話してもらったほうが良いかもしれんね」
 晴也と昇悟の関係を、明鈴はまだ知らない。
 晴也が小樽に来た本来の理由も、明鈴はまだ知らない。
 昇悟がいなければ明鈴は生まれていなかったと話すのは、いまは少し難しい問題だった。
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