坂の町で、君と。

3-5 勉強できないモード

 久々に学校に行った二学期始業式の朝。
 友人たちと話をしていると、クラスメイトが話しかけてきた。
「明鈴ちゃーん、そのキーホルダー、おたる水族館で買ったでしょ?」
「えっ、うん……なんでわかったの?」
 明鈴は水族館に行ったことを誰にも話していなかったし、キーホルダーにもそうとわかるタグはついていない。
「見たよー、男の人と二人だったの! 彼氏?」
「ち、違うよ、あの人は家庭教師で」
 両親と知り合いだったせいか仲良くなって、気分転換に連れて行ってもらった、と明鈴は言うけれど友人たちは明鈴を問い詰める。
「でも、好きじゃなかったら二人でなんか行かないよね」
「明鈴ちゃんの家庭教師って……ときどき車で迎えに来てくれてる人でしょ?」
「それは、あの人がこのへんに用事があって」
 家庭教師の前に行くことが多いようで、明鈴の帰宅時間とときどき一緒になる。迎えに来てくれているのではなく、目的地が同じだからどうせなら、と拾ってくれるだけだ。
 そもそも明鈴はまだ、好きという感情がどういうものなのかイマイチわかっていない。昇悟のことは嫌いではないけれど。周りも誰も否定的なことは言わないけれど。身近に年上の人と付き合っている人もいないので、そうなった経緯も教えてもらえない。
(でも……会えなくなったら寂しいなぁ……)
 そういえば知奈の母親は『仕事でお世話になった年上の人と結婚した』と言っていた。明鈴の両親も──事情はさておき──父親のほうが五歳年上だ。高校生になった知奈の彼氏はクラスメイトだと聞いたけれど、家に訪ねてくる父親の同僚も一緒にいて楽しいと前に話していた。
「その人は明鈴ちゃんのことどう思ってるの?」
「さぁ……だって、大人だよ? 中学生なんか相手にしないでしょ」
 二十歳とだったら六歳差、離れすぎてるね。
 という流れになって、クラスメイトとの会話は別の方向に向いた。文化祭や体育祭、それが終われば一気に受験モードに突入だ。

 友人たちには、そういうことにしておいたけれど。
 最初は本当にそう思っていたし、いまでもそれほど変わらないけれど。
 明鈴はいつのまにか、昇悟のことを考える時間が多くなっていた。
 一年前の夏に助けてくれたのは──本当に偶然だっただろう。両親と面識があったのも、帰り際に思い出したと聞いた。
 家庭教師をしてもらうことになったのは父親が言い出したし、聞いたとき昇悟は困惑していた。
 明鈴が彼と仲良くなったのは、それから少し後だ。
 クリスマスプレゼントをもらったとき、明鈴は嬉しかった。けれどあの日以降、母親の彼を見る目が少し変わったような気がしていた。明鈴の部屋の前で話しているのが少し聞こえたけれど、詳しい内容はわからなかった。
 それから──明鈴が昇悟のテストで不正解が増えたのは、知奈の母親に小松顕彰の相談をしてからだ。そのときに昇悟の話になって、いろいろと聞かれた。
(もしかして──気にしてるのかな)
 明鈴には自覚がないけれど、昇悟のことが気になって集中できないのでは、と思うことがあった。実際、彼が帰った後で同じ問題を解いてみると、きちんと正解する。
(でも、よくわからないし……。それに大人が子供を……)
 そんなことはないと思いながらも、テレビで見た芸能人夫婦のとんでもない年齢差を思い出して、考えは止まらない。
「明鈴ちゃん? 手が止まってるけど……」
「あ──。ちょっと、考えごとしてた……」
 昇悟が家庭教師に来ていた金曜日の夕方。学校の宿題をしていた明鈴の手は、いつの間にか止まってしまっていた。
「なにか、悩み事?」
「え……、ううん……」
「でも最近、ミスが多いからなぁ……そっか……じゃ──宿題はあとどれくらい?」
「えっと……あとちょっとで終わる」
「わかった、続き頑張って」
 昇悟が何を考えているのかわからないまま、明鈴はとりあえず宿題を終わらせた。それから少し伸びをして振り返ると、昇悟は明鈴に勉強道具を片付けるように言った。
「片付ける? なんで?」
 家庭教師のあとで一緒に食べる晩ごはんまでは、まだまだ時間がある。
「いまの明鈴ちゃんは勉強モードじゃないから。こっちで話しよう」
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