坂の町で、君と。
第4章 繋いでいく

4-1 天狗山とレンガ横丁

 年が明けて、三学期になった。
 受験勉強も最終追い込みになり、金曜日だけだった昇悟の家庭教師も、彼の都合がつく範囲で日にちを増やすことになった。明鈴の両親と話すことも増えたようで、帰宅したときには昇悟が既に到着していたこともある。
 授業が終わり学校での用事を済ませると、明鈴はいつも走って帰宅した。坂道を下るのでスピードが出て、転んでしまいそうになるのをなんとかクリアする。
「セーフッ。危ないよ」
 声がしたほうを見ると、知奈の父親・大輝が交差点で信号待ちをしていた。
「こんにちは」
 いまは冬なので長袖を着ているけれど、それでもやはり焼けているな、と笑いそうになった。
「もうすぐ受験やのに、転んだら縁起悪いから走らんとき」
「あ──はい」
「それじゃ、また遊びにおいで」
 信号が青になってから大輝は走りだし、明鈴も続いて──走るのはやめて歩いて信号を渡った。知奈の家に遊びに行けるように、高校受験に合格することを考えながら歩く。寒いので走りたいけれど、大輝に言われたことを思い出していまは我慢する。
「明鈴ちゃん、おかえり。こっち」
「え? ……昇悟君? なんでこんなとこに……?」
 家に着く少し手前で、昇悟が車を停めて待っていた。寒いから乗って、と言うので素直に従って助手席に座ると、昇悟は車のエンジンをかけた。
「受験といえば神頼み」
「もしかして──天狗山?」
「うん」
 学校のほうへ戻るように車を走らせ、もう少し登ったところに天狗山がある。道は途中まで通学路と同じだったので、朝も送ってもらえたら楽なのにな、と思ったけれど、明鈴はあと少しで中学を卒業する。
 今まで両親や友人と来たときはロープウェイで登っていたけれど、昇悟は山頂まで車で向かうらしい。遠回りになってカーブも増えてしまうけれど、外に出なくて良いのでありがたい。
「まず天狗いっとく?」
 明鈴は大きな天狗の鼻を撫で、それから神社にお参りにも行った。願い事はもちろん、志望校に合格しますように、だ。明鈴に続いて昇悟も何かをお願いしていた。
 残念ながら冬季のため、シマリス公園は閉鎖されていたけれど。ほかにもいろいろ入れないエリアはあったけれど。遊びに来たわけではないので特に不満はなく、少し景色を見てから早めに車に戻った。
「今日はどうしようか……明鈴ちゃん、何か質問とかある? 勉強で」
「んーと……特にないかなぁ。昨日も見てもらったし……」
「じゃ、今日は自分で頑張ってもらえる? 実はさっき、明鈴ちゃんを待ってるときに用事を思い出して……あ、家には連絡してあるよ」
「うん……わかった」
 明鈴は昇悟には何も追求せず、家の前まで送ってもらってそのまま解散した。

 昇悟は、用事を思い出した、と言っていたけれど。
 本当は行きたいところができて、明鈴に黙ってキャンセルするのは申し訳ないので天狗山に行くことにした。人に話すと、そんなことで、と言われそうな理由だけれど、昇悟はどうしても行きたくなり、勉強を教える気にはなれなかった。
 一旦、家に戻って車を置いて、考えごとをしながら足はそのまま運河のほうへ向かう。夏と比べると観光客は少ないけれど、それが今はちょうど良かった。
「あれ──小野寺さん? 確か、明鈴ちゃんの家庭教師の……」
 声のほうを見ると、冬なのに日焼けしている男性俥夫がいた。彼──坂本大輝と昇悟は何度か『やんちゃ』で話したことがある。
「一人ですか? 明鈴ちゃんは? 昼間、走って帰ってたけど……」
「ああ……さっきまで一緒でしたよ。受験間近なので天狗山に行ってきました」
「ふぅん……」
 大輝と会話をしながらも、昇悟は心ここにあらずだった。ぼんやり運河を眺めながら、南のほうへゆっくり移動する。
「これから行くんですか? それなら俺はやめとこうかな……」
 大輝の声に振り返ると、彼は意味有り気に笑っていた。
「え? 別に、やめなくても」
「俺が行ったら、小野寺さんに説教してしまいそうやから……」
「説教?」
「ユキが──明鈴ちゃんの母親が、旦那さんと初めて天狗山に行った日のこと聞いてますか?」
「いや……たぶん聞いてないです」
「あの日──俺、旦那さんに説教したんですよ。あの店で。なんとなく同じ匂いがします」
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