坂の町で、君と。
4-3 複雑な関係
明鈴に合格通知が届いてから最初の休日、久しぶりに昇悟は明鈴の部屋に来ていた。明鈴の両親を含めて高校の合格祝いをしてから、二人で部屋に入った。
「明鈴ちゃん、本当に私立で良かったの? 女子校だったら、本当に女だらけだよ? せっかくこれから……」
楽しい青春が待っているのに勿体ない、と言おうとして、昇悟は口を閉じた。
「私は、敢えて女子校にした……」
「敢えて?」
「しばらく──新しい男の子の友達を作るのはやめようかなって」
昇悟は何も言わず、少しだけ首を傾げた。
「受験が終わったから昇悟君がうちに来ることもなくなって……私の回りは女だらけになる」
「まぁ、そうだね。どこかで会うことはあるだろうけど」
昇悟がそう言うと、明鈴は「ううん」と言った。
「昇悟君にも……会わないようにする」
「え? なんで?」
「前に昇悟君が言ってたから……『しばらく距離を置いてみたら良い』って。私たぶん、昇悟君が好き……」
明鈴の突然の発言に、昇悟はすぐには言葉が出なかった。中学生から見て二十歳はオッサンだろうと思っていた。
「そっか……それは、ありがとう……」
「私なんかまだ子供だと思うから……もうちょっと大人になったとき、他に好きな人がいなかったら付き合ってほしい……。……ダメ、ですか?」
「いや──、俺も明鈴ちゃんのことは嫌いじゃないよ。今は彼女もいないし……。でも、返事をする前に、聞いてほしい話がある」
昇悟は歩きながら話したいと言うので、二人で外に出た。目的地は明鈴にはわからないけれど、とりあえず学校の方面だ。
「前に約束してた話だけど……まず──明鈴ちゃんのお父さんは、もともと他の人と結婚する予定だったんだ」
「え? お母さんじゃなくて?」
晴也は大学で一緒だった夏鈴と長く付き合っていて、婚約もしていた。結婚を機に、小樽に移住する予定だった。
「二人は関西に住んでて、何度も小樽に来てた。でもあるとき、ずっと利用してたホテルが閉鎖になって……次はゲストハウスに泊まろう、って夏鈴さんが言った」
「それが……NORTH CANAL?」
「そう。それで、場所を確認しようと近くを歩いてたとき──火事が、あったんだ」
昇悟はいったん言葉を切った。来た方向を振り返り、しばらく空を見つめてから再び歩き出した。
「燃えてたのは民家で、大人は無事に逃げてたけど子供が残ってて……夏鈴さんは、その子供を助けに、火の中に飛び込んだんだ」
「え──、もしかして、夏鈴さんは」
「子供と一緒に、無事に出てきたよ。でも、病院に運ばれて……亡くなった」
小樽は風が強いから火が回りやすい、だから古い立派な建物にはうだつがある。小さい頃に聞いたことがあるし、知奈の父親にも小樽のウンチクを何度も聞かされた。
「お父さんは、旅行中に婚約者を亡くした……」
「そう。辛かっただろうね。夏鈴さんは身寄りがなくて小樽が好きだったから、こっちのお墓に入って……お父さんはお墓参りのときにNORTH CANALに泊まってた。そのお墓が、ここだよ」
いつの間にか学校を通り越して、二人は墓地に到着していた。御供えを何も持っていなかったので、せめて墓石の前で手を合わせた。
「俺もときどき来てたんだ。明鈴ちゃんと最初に会ったのは、その帰りだよ」
「最初? あ──助けてもらったとき……。じゃあ、さっきの、火事で助けられた子供って……」
「俺だよ。だから──明鈴ちゃんのお父さんには頭が上がらない。お父さんはかなり落ち込んでたけど、お母さんに出会って立ち直れたんだって」
夏鈴が亡くなって雪乃が晴也と出会ったことで、明鈴が生まれることになった。それには昇悟も関係していた。
突然の情報量に、整理が追い付かない。
「俺は小さいときに何度かお父さんに遊んでもらってて……明鈴ちゃんが生まれてからかな、あまり会わなくなって、俺も札幌に引っ越した。久しぶりに戻ってきて、ここに来た帰りに明鈴ちゃんに会った」
「すごい複雑……。何かあったのかな、とは思ってたけど、そんな事情とは……。全然知らなかった」
「どう話して良いか、わからなかったんだろうね。ざっとだけど、明鈴ちゃんの両親との関係はそんなもんかな。それで──このことを聞いた上で──家で話してたことだけど」
昇悟の言葉に明鈴は少しポカンとしていた。
何の話をしていただろうかと、思い出している間に昇悟が笑い出した。
「あれ、忘れたの? 俺、真剣に聞いてたのに」
「えーっと……あ──ああ! ははは……」
「今も、さっきと同じこと言える? どっちだとしても、俺の気持ちは変わらないけどね」
「明鈴ちゃん、本当に私立で良かったの? 女子校だったら、本当に女だらけだよ? せっかくこれから……」
楽しい青春が待っているのに勿体ない、と言おうとして、昇悟は口を閉じた。
「私は、敢えて女子校にした……」
「敢えて?」
「しばらく──新しい男の子の友達を作るのはやめようかなって」
昇悟は何も言わず、少しだけ首を傾げた。
「受験が終わったから昇悟君がうちに来ることもなくなって……私の回りは女だらけになる」
「まぁ、そうだね。どこかで会うことはあるだろうけど」
昇悟がそう言うと、明鈴は「ううん」と言った。
「昇悟君にも……会わないようにする」
「え? なんで?」
「前に昇悟君が言ってたから……『しばらく距離を置いてみたら良い』って。私たぶん、昇悟君が好き……」
明鈴の突然の発言に、昇悟はすぐには言葉が出なかった。中学生から見て二十歳はオッサンだろうと思っていた。
「そっか……それは、ありがとう……」
「私なんかまだ子供だと思うから……もうちょっと大人になったとき、他に好きな人がいなかったら付き合ってほしい……。……ダメ、ですか?」
「いや──、俺も明鈴ちゃんのことは嫌いじゃないよ。今は彼女もいないし……。でも、返事をする前に、聞いてほしい話がある」
昇悟は歩きながら話したいと言うので、二人で外に出た。目的地は明鈴にはわからないけれど、とりあえず学校の方面だ。
「前に約束してた話だけど……まず──明鈴ちゃんのお父さんは、もともと他の人と結婚する予定だったんだ」
「え? お母さんじゃなくて?」
晴也は大学で一緒だった夏鈴と長く付き合っていて、婚約もしていた。結婚を機に、小樽に移住する予定だった。
「二人は関西に住んでて、何度も小樽に来てた。でもあるとき、ずっと利用してたホテルが閉鎖になって……次はゲストハウスに泊まろう、って夏鈴さんが言った」
「それが……NORTH CANAL?」
「そう。それで、場所を確認しようと近くを歩いてたとき──火事が、あったんだ」
昇悟はいったん言葉を切った。来た方向を振り返り、しばらく空を見つめてから再び歩き出した。
「燃えてたのは民家で、大人は無事に逃げてたけど子供が残ってて……夏鈴さんは、その子供を助けに、火の中に飛び込んだんだ」
「え──、もしかして、夏鈴さんは」
「子供と一緒に、無事に出てきたよ。でも、病院に運ばれて……亡くなった」
小樽は風が強いから火が回りやすい、だから古い立派な建物にはうだつがある。小さい頃に聞いたことがあるし、知奈の父親にも小樽のウンチクを何度も聞かされた。
「お父さんは、旅行中に婚約者を亡くした……」
「そう。辛かっただろうね。夏鈴さんは身寄りがなくて小樽が好きだったから、こっちのお墓に入って……お父さんはお墓参りのときにNORTH CANALに泊まってた。そのお墓が、ここだよ」
いつの間にか学校を通り越して、二人は墓地に到着していた。御供えを何も持っていなかったので、せめて墓石の前で手を合わせた。
「俺もときどき来てたんだ。明鈴ちゃんと最初に会ったのは、その帰りだよ」
「最初? あ──助けてもらったとき……。じゃあ、さっきの、火事で助けられた子供って……」
「俺だよ。だから──明鈴ちゃんのお父さんには頭が上がらない。お父さんはかなり落ち込んでたけど、お母さんに出会って立ち直れたんだって」
夏鈴が亡くなって雪乃が晴也と出会ったことで、明鈴が生まれることになった。それには昇悟も関係していた。
突然の情報量に、整理が追い付かない。
「俺は小さいときに何度かお父さんに遊んでもらってて……明鈴ちゃんが生まれてからかな、あまり会わなくなって、俺も札幌に引っ越した。久しぶりに戻ってきて、ここに来た帰りに明鈴ちゃんに会った」
「すごい複雑……。何かあったのかな、とは思ってたけど、そんな事情とは……。全然知らなかった」
「どう話して良いか、わからなかったんだろうね。ざっとだけど、明鈴ちゃんの両親との関係はそんなもんかな。それで──このことを聞いた上で──家で話してたことだけど」
昇悟の言葉に明鈴は少しポカンとしていた。
何の話をしていただろうかと、思い出している間に昇悟が笑い出した。
「あれ、忘れたの? 俺、真剣に聞いてたのに」
「えーっと……あ──ああ! ははは……」
「今も、さっきと同じこと言える? どっちだとしても、俺の気持ちは変わらないけどね」