坂の町で、君と。

4-5 変わらなかったもの

 それから二年後──。

「あっ、いた! リツ君がお父さん乗せて研修してる……かわいそう」
「本当だ……でも、知奈ちゃんのお父さんっていろいろ知ってるから、良い先生なんじゃない?」
 五月の連休、明鈴と知奈は堺町本通を歩いていた。特にあてはなくぷらぷらと雑貨屋を回りながら、歩き疲れたのでお茶をしようとカフェに入ろうとしていたところで人力車が見えた。人力車には大輝が乗って、それを曳いているのは青木里都だった。
 明鈴は高校三年生、知奈は大学一年生。
 知奈は高校のときに青木里都と付き合い始め、今も続いていた。既に里都は知奈の両親には紹介されていて、何度か大輝と話しているうちに俥夫の仕事に興味を持ったらしい。
「大学の勉強も大変なのに、えらいね」
「本当だよ……。お父さん一番知識が多いらしいから、研修担当すると厳しくてみんな嫌がるんだって」
 目の前を通った里都に「頑張れ」と言ってから、二人は近くのカフェに入った。日差しが強く暑かったので、注文したのはアイスが乗ったパフェだ。
「知奈ちゃんが羨ましいなぁ。あんなかっこいい人が彼氏って」
「へへ。それはラッキーだったって思ってる。今は違う大学だけど……卒業したら、結婚する予定」
「ええー! そうなんだ!」
 知奈は照れながら、しばらくは共働きじゃないと苦しいけどね、と笑った。二人は小樽で暮らすことにしているようなので、ゲストハウスを手伝う予定にしている明鈴もそれは嬉しかった。
「明鈴ちゃんは──どうなったの? 昇悟さんと」
「昇悟君とは……しばらく会ってない」
 二年前、両親との関係を知ったあと、それでも俺と付き合いたいか、と聞かれた。昇悟は明鈴と距離を取るではなく、問題はないかと確認しているように見えた。
 明鈴の気持ちは全く変わらなかった。昇悟も、気持ちは変わらない、と言っていた。
「だから──予定どおり、しばらく会わないことにしたよ」
 会わないことにして、女ばかりの学校でずっと考えていた。友達に誘われて断りきれずに合コンに行ったこともあったけれど。若くてイケメンの先生がいて気にはなってしまったけれど。帰りに駅前を通るとき、無意識にパン屋のほうを見てしまったけれど。
「それで、どうだったの?」
「やっぱりさ──辛いよ。あのとき昇悟君、私と付き合っても良いって言ってくれてて……なのに……私、しばらく待って、って」
 昇悟は『若者の未来を奪ってはいけない』と自分の気持ちは抑える予定だったけれど、明鈴に好かれていると知って決心がついたらしい。昇悟が言った『気持ちは変わらない』は、『好きな気持ちは変えられないので明鈴に合わせる』だった。
 明鈴は予定を変えず、昇悟とは距離を置いた。こんなことしなければ良かった、と何度も後悔した。けれど自分から言ってしまった以上、すぐには彼に会いに行けなかった。
「二年も会ってなかったら、さすがにダメだよね……彼女……いるのかなぁ……」
「会ってみたら? 連絡先は知ってるの?」
「知ってるけど、何て送れば良いんだろう」
 明鈴は言いながらテーブルに置いてあったスマホを操作してLINEの画面を開いた。昇悟と友達にはなっているけれど、連絡をした形跡はなかった。
 ため息を着きながら二人はカフェを出て、しばらく買い物を続けてから知奈は帰宅した。明鈴は祖母に頼まれていた物があったので南小樽駅付近まで歩き、買い物を済ませてから電車で帰ることにした。
 少しの間だけ電車に揺られ、小樽駅で降りる。祖母に頼まれたもの──パウンドケーキと珈琲豆のセットを届けるためにNORTH CANALに寄るには、どうしても通らなければならない道がある。
 ガラガラ──。
 音に反応して、思わず振り返った。夕方になり、営業を終えた店の人がシャッターを下ろしながら、通りかかった明鈴のほうを見た。
「あ──明鈴ちゃん?」
「……こんにちは」
 久しぶりに見た昇悟は、明鈴の記憶とは少し違っていた。以前も友人たちから格好良いと言われていたけれど、何割か増しているようでドキリとした。
「遊びに行ってたの?」
「うん……これ、おばあちゃんに頼まれたから届けに行くとろ」
「ふぅん。俺は今から帰宅。……と思ったけどやめた。これから時間ある? ごはん行かない?」
「え? これ届けてからなら……」
 明鈴はNORTH CANALに寄ってから、そのまま中には入らずに昇悟のところに戻った。明鈴は家に帰って夕食の予定だったので、変更になったと昇悟が電話してくれたらしい。
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