坂の町で、君と。
4-7 坂の町で
「今日は飲みましょう、付き合いますよ」
「ありがとう……」
寂しそうに乾杯しているのは、大輝と晴也だ。『やんちゃ』のカウンターの隅に座り、娘が嫁いでしまった、娘がプロポーズされてしまった、と嘆いている。
外国人二人を受け入れたNORTH CANALは全員分の夕食を準備することが出来なくなってしまい、晴也と明鈴は昇悟と一緒に『やんちゃ』に行くことになった。店に入ると既に大輝が一人で飲んでいた。
「嫁いだからって、近くに住んでるんだろ? いつでも会えるよ」
話を聞いていた店主が大輝を慰めた。
「それに旦那さんは一緒に仕事してんだろ?」
青木里都は無事に研修を終え、客を乗せて走るようになった。若くて顔も良いからと、人気が出てきているらしい。
「そうなんですけどねぇ……」
「それより晴也君、プロポーズされた、って……明鈴ちゃんか? 誰に?」
「そこの……」
「──俺です」
二人とは離れて座っていた昇悟が軽く手を上げた。店主は昇悟と隣に座る明鈴を交互に見て、そうかそうか、と笑った。
「そう言われたら、昇悟はいつも一人で来てたよな。最近見ないと思ってたら……なるほどねぇ。明鈴ちゃんも、もう何年も来てなかったよな?」
「はい。中学卒業してから家の手伝いすることが増えたし、大学もちょっと遠かったから……」
帰りに札幌駅で昇悟と待ち合わせてご飯を食べてくることが増え、昇悟も一人で飲み歩くことが減った。昇悟も英語が得意だったので、英語の勉強をしている日もあった。
「俺が家庭教師してたときも良かったけど、今は俺よりペラペラ話すからびっくりしたよ」
「──昇悟君に出会ってからかな。外国人のお客さんが増えたから英語で接客するって聞いて、そういえばうちの宿も一緒か、ってなって……おばあちゃんもお母さんも英語に苦労したみたいだから、私が何とかしよう、って思った」
昇悟と明鈴の話を聞きながら、店主は晴也に話をしに行った。あの二人なら心配ない、NORTH CANALも益々人気が出る、と言っているらしい。
「わかりますか? 娘がよそに嫁ぐ寂しさ!」
「娘をもったら、どこも一緒だろ?」
大輝と晴也はまだまだ長居しそうで昇悟も気まずかったったので、明鈴と昇悟は先に店を出た。明鈴の家は駅のほうにあるけれど、足は自然と運河のほうへ向いた。夏なので特に変わったことはなく、ガス灯がほわんと辺りを照らしている。
「明鈴ちゃん、もう一回聞くけど……本当に良いの? 俺は急かすつもりはないよ? まだまだ遊びたいだろうし……」
「良いよ。私は昇悟君と一緒にいたいの。正直、どこが好きかはよく分からないけど、会えないのは辛い。別に、助けてもらった恩とかじゃないよ」
でも、あのおかげで今があるのかぁ、と笑いながら明鈴は昇悟を見上げる。
「あのとき明鈴ちゃん中学生だったのに、もう社会人か。早いな。あ──そういえば、こないだ店に小松君が来たよ」
「小松君? ……ああ! 私の同級生の?」
「そうそう。レジしてたら名札見て声かけられて……東京に配属決まったって。大荷物持ってたから、出ていったのかな。一応、明鈴ちゃんと付き合ってる、って言っといた」
「昇悟君……あの頃から、小松君に勝負仕掛けてたよね?」
「……バレてた?」
明鈴が帰宅するのを待って、敢えて一緒に家に入るのを見られるようにしたり。話しているところにわざとクラクションを鳴らして、邪魔に入ったり。
「子供だなぁ、男は」
「俺は逆に、明鈴ちゃんがリアルに子供で困ったけどな。なかなか俺のこと男として見てくれなかったから」
本当に分からなかったんだもん、と言いながら明鈴は前へ進む。中学生にとって二十歳は立派な大人で、そんな相手を恋愛対象として見るのは難しい。明鈴が昇悟を意識できたのは、彼のほうから動いてくれたおかげだ。
「ねぇ、明日、お参り行こうよ。夏鈴さんのところ」
夏鈴がいなければ、昇悟は生きていなかったかもしれない。
昇悟がいなければ、明鈴は生まれていなかったかもしれない。
夏鈴が生きていれば、昇悟と明鈴が出会うことはなかったかもしれない。
「ああ……そうだな」
せっかく助けてもらった命を、ずっと繋いでいく。
これからもこの坂の町で、君と一緒に。
「ありがとう……」
寂しそうに乾杯しているのは、大輝と晴也だ。『やんちゃ』のカウンターの隅に座り、娘が嫁いでしまった、娘がプロポーズされてしまった、と嘆いている。
外国人二人を受け入れたNORTH CANALは全員分の夕食を準備することが出来なくなってしまい、晴也と明鈴は昇悟と一緒に『やんちゃ』に行くことになった。店に入ると既に大輝が一人で飲んでいた。
「嫁いだからって、近くに住んでるんだろ? いつでも会えるよ」
話を聞いていた店主が大輝を慰めた。
「それに旦那さんは一緒に仕事してんだろ?」
青木里都は無事に研修を終え、客を乗せて走るようになった。若くて顔も良いからと、人気が出てきているらしい。
「そうなんですけどねぇ……」
「それより晴也君、プロポーズされた、って……明鈴ちゃんか? 誰に?」
「そこの……」
「──俺です」
二人とは離れて座っていた昇悟が軽く手を上げた。店主は昇悟と隣に座る明鈴を交互に見て、そうかそうか、と笑った。
「そう言われたら、昇悟はいつも一人で来てたよな。最近見ないと思ってたら……なるほどねぇ。明鈴ちゃんも、もう何年も来てなかったよな?」
「はい。中学卒業してから家の手伝いすることが増えたし、大学もちょっと遠かったから……」
帰りに札幌駅で昇悟と待ち合わせてご飯を食べてくることが増え、昇悟も一人で飲み歩くことが減った。昇悟も英語が得意だったので、英語の勉強をしている日もあった。
「俺が家庭教師してたときも良かったけど、今は俺よりペラペラ話すからびっくりしたよ」
「──昇悟君に出会ってからかな。外国人のお客さんが増えたから英語で接客するって聞いて、そういえばうちの宿も一緒か、ってなって……おばあちゃんもお母さんも英語に苦労したみたいだから、私が何とかしよう、って思った」
昇悟と明鈴の話を聞きながら、店主は晴也に話をしに行った。あの二人なら心配ない、NORTH CANALも益々人気が出る、と言っているらしい。
「わかりますか? 娘がよそに嫁ぐ寂しさ!」
「娘をもったら、どこも一緒だろ?」
大輝と晴也はまだまだ長居しそうで昇悟も気まずかったったので、明鈴と昇悟は先に店を出た。明鈴の家は駅のほうにあるけれど、足は自然と運河のほうへ向いた。夏なので特に変わったことはなく、ガス灯がほわんと辺りを照らしている。
「明鈴ちゃん、もう一回聞くけど……本当に良いの? 俺は急かすつもりはないよ? まだまだ遊びたいだろうし……」
「良いよ。私は昇悟君と一緒にいたいの。正直、どこが好きかはよく分からないけど、会えないのは辛い。別に、助けてもらった恩とかじゃないよ」
でも、あのおかげで今があるのかぁ、と笑いながら明鈴は昇悟を見上げる。
「あのとき明鈴ちゃん中学生だったのに、もう社会人か。早いな。あ──そういえば、こないだ店に小松君が来たよ」
「小松君? ……ああ! 私の同級生の?」
「そうそう。レジしてたら名札見て声かけられて……東京に配属決まったって。大荷物持ってたから、出ていったのかな。一応、明鈴ちゃんと付き合ってる、って言っといた」
「昇悟君……あの頃から、小松君に勝負仕掛けてたよね?」
「……バレてた?」
明鈴が帰宅するのを待って、敢えて一緒に家に入るのを見られるようにしたり。話しているところにわざとクラクションを鳴らして、邪魔に入ったり。
「子供だなぁ、男は」
「俺は逆に、明鈴ちゃんがリアルに子供で困ったけどな。なかなか俺のこと男として見てくれなかったから」
本当に分からなかったんだもん、と言いながら明鈴は前へ進む。中学生にとって二十歳は立派な大人で、そんな相手を恋愛対象として見るのは難しい。明鈴が昇悟を意識できたのは、彼のほうから動いてくれたおかげだ。
「ねぇ、明日、お参り行こうよ。夏鈴さんのところ」
夏鈴がいなければ、昇悟は生きていなかったかもしれない。
昇悟がいなければ、明鈴は生まれていなかったかもしれない。
夏鈴が生きていれば、昇悟と明鈴が出会うことはなかったかもしれない。
「ああ……そうだな」
せっかく助けてもらった命を、ずっと繋いでいく。
これからもこの坂の町で、君と一緒に。