坂の町で、君と。

1-4 登校日

 八月中旬の登校日。
 教室での予定が終わってから明鈴が廊下に出ると、知奈が待っていた。通学路で合流することはよくあるけれど、知奈が明鈴を訪ねて教室まで来ることは実はあまりない。終了式のとき一緒だったのは、学校を出るときに偶然見かけたからだ。
 明鈴に声をかけたそうにしているクラスメイトの男子がいたけれど、知奈が先に呼び掛けて彼は口をつぐんだ。そして歩きながら知奈が『こないだの男の人だけど』という話をするのを聞いて、少しだけ残念そうにしていた。
「こないだの男の人だけど、あの店にほぼ毎日いるんだって!」
「えっ、本当に? うわぁ……どうしよっかなぁ……」
「まだお礼、言ってないの?」
「うん……あそこ、子供だけで行けないし」
 朝から開いている飲食店なら子供がいてもおかしくないけれど、居酒屋にいるのはあまり良くはない。
「誰かに連れてってもらおうかなぁ」
「そうだね。ちなみに、昼間はどこかで働いてるらしいよ」
「なんだよ、大人の話か!」
 突然の声に振り返ると、二人のすぐ後ろを男子生徒が歩いていた。明鈴に声をかけようとしていたクラスメイトだ。彼は二人が話しながら階段を下りて行くのを、ずっと付いてきていたらしい。
「うわー、川井さんに彼氏出来たのかと思って凹んで損した!」
「え……どこから聞いてたの?」
「たぶん、最初から。うわー、くっそー……」
 明鈴と知奈は、彼が明鈴に何か言ってくるのかと思って少し構えたけれど。
 大人の話をしているのだとわかって拍子抜けたようで、「今日は良い……またな」と言って先に行ってしまった。同年代の話だったら、それが誰か聞こうとしたのだろうか。
「今のって確か、小松(こまつ)君? ずっと明鈴ちゃんに付きまとってるっていう」
 小松顕彰(あきら)とは小学校から一緒で、出席番号順に班分けをしたとき同じグループになったのが仲良くなったきっかけだった。特に嫌なところがないのでずっと友人でいるけれど、残念ながら明鈴は彼に恋愛感情を持ったことはない。
 二人だったり友人を何人か誘ったりして遊んでいるうちに、彼は明鈴を好きになったのかもしれない。彼も友人に言ったのだろうか、たまに明鈴のほうを見て話しているのを見たこともある。
「嫌いじゃないんでしょ? 告白されたらどうする?」
「どうしよう? どうもしないかも。かっこ良かったら考えるけどなぁ」
「ははは、顔の問題? でも、大事だよね、顔!」
 ちなみにそれは小松顕彰の顔が良くない、というわけではなく。
 もしも彼が絶世のイケメンだったらどうするか、明鈴が悩んでいる間に知奈がもらおうか、外見が良くても中身が悪い人もいるからどうしようとか、頭が良くてスポーツが全然ダメなのとその逆とではどっちが良いかとか、いつかは手に入れたい自慢の彼氏を妄想しながら話は止まらない。
「でも、今はいらないかなぁ。何して良いのかわからないし」
「気になって勉強できなくなってもねぇ。せめて高校くらいは受からないと。高校生になったら、超かっこいい彼氏作って、明鈴ちゃんに自慢しよーっと!」
「えっ、なにそれ、ずるーい、私にもかっこいい人紹介してー!」
 やがて坂本家の前に到着して、明鈴はひとりになった。また倒れるわけにはいかないので、歩き出す前に水分補給をする。
 学校へのお菓子持参は禁止されているけれど、熱中対策に塩分補給の飴やタブレットは許可されるようになった。塩飴はあまり好きではないけれど、口に入れて再び歩き出す。
 自宅に向かって歩きながら、恋ってなんだろう、と明鈴は考えた。
 考えたけれど──よくわからなかった。
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