花と共に、あなたの隣で。
診察室がある東棟から渡り廊下を渡って南棟に入った。“入所者以外立ち入り禁止”の看板を超えて長い廊下を進むと、見えてくる見慣れたナースステーション。この場所に“帰る”と、いつもここから1人の女性が大きく手を振ってくれるのだ。
「あ、未来。おかえり」
「朱音さん、ただいま~」
手を振る女性……ナースステーションに立つ朱音さんは、ここのベテラン事務員。通称、ボス。なんて言ったら怒られるけれど。
私は朱音さんの目の前で機械にカードをかざし、手を振ってナースステーションを後にした。この機械は、入所者の在室状況を管理する為の物。出掛ける時と戻った時は必ずカードをかざさなければならない。
ここは川内総合病院の南棟にある、何らかの重い病気を抱える高校生までが入所できる施設、川内わかば園。ここが私の帰る場所。
余命宣告された時、私の両親は酷く悲しんだ。そして、見てられない……辛すぎてもう一緒に居たくない……、なんて意味不明なことを言って私を施設に入所させた。辛いからこそ傍に居てくれよ。そう思ったけれど、別に寂しくは無かった。制限の無い私は、門限さえ守れば行動は自由だし。施設に隣接している支援学校では無くて、普通の高校に通わせて貰えてるし。何一つ不自由も無い。
ナースステーションを過ぎて自分の部屋に戻る道中、柱に立て掛けられている大きな笹が目に付いた。カラフルな折り紙で作られた飾りや短冊が装飾されている笹。それを見てやっと、もうすぐ七夕であることを理解した。
「未来ちゃん、おかえり」
「夏芽さん、ただいま」
笹に見惚れていると傍に近付いてきた人。私の担当看護師の夏芽さんだ。ここで生活をする上でのサポートをしてくれる大切な人。
夏芽さんはカラフルな短冊を手に持っていた。柱に沿わせるように置かれた小さな机には『願い事を書こう!』と書いてある。恐らく、願い事を書いて笹に飾る為の短冊なのだろう。
「未来ちゃんも願い事を書きなよ。1枚でも2枚でも。好きなように書いてくれて良いんだから」
「えー、私には願い事なんて無いし~」
「そんなこと言わない!」
半ば無理やりに水色の短冊と12色のペンセットを押し付け、夏芽さんは笑いながら移動していく。笹の前に残された私、1人。何を書こうか悩むも、何1つ思いつかない。
“大学生になりたい”? “友達が欲しい”? “彼氏が欲しい”? “長生きしたい”? 普通の人なら当たり前であろうことが、今の私には唯一の願い事として思い浮かんでくる。だけど、そんなありきたりなことを願ってもね。