花と共に、あなたの隣で。
「うーん……」
暫く頭を悩ませ続ける。たかが短冊にここまで悩む人もいないだろう。
短冊の隅っこに小さく猫の絵を描いてみた。これは何猫かな。個人的には三毛猫が好きかな。なんて、現実逃避をしながら、描いた猫に模様を付ける。
いそいそと描いていると、背後から近付いて来た夏芽さんが声を上げた。
「まだ悩んでるの?」
「夏芽さん……やっぱり願い事なんて無いなぁって思って」
「深く考えないことっ!」
夏芽さんは手に花瓶を持っていた。可愛い形をした透明な花瓶には、紫色の花が生けられている。よく見ると花弁が星のような形をしているみたい。珍しいその形に思わず目が奪われた。
綺麗に咲き誇る花が大好きで、目に付いた花は良く観察をするのだけど、この紫色の花は初めてみたかも。遠目に見ると星のような形だなんて、植物って本当に面白い。
「夏芽さん、そのお花は何?」
「あ、これ? これはね、桔梗よ」
「……桔梗?」
「そう。花言葉は『変わらぬ愛』『誠実』とかって言うんだけど、それ抜きで考えても素敵なお花よね。星型だから七夕っぽいし、ここに飾ろうかなって思っているの」
小さな机に書いてある『願い事を書こう!』の文字の隣に、夏芽さんは花瓶を置いた。緑の笹と、紫の桔梗と、カラフルな短冊と飾り。少しだけ殺風景な廊下に映えるこの一角だけが、何だかとても素敵に思えた。
「……夏芽さん、願い事を決めました」
「おっ、書いてみて」
水色の短冊に茶色のペンで文字を書く。隅っこに描いた猫が良い感じのワンポイントになっている。そんな猫が目立つように、模様なんかも描き足してみたりして。世界に1つだけの、私だけの短冊の完成。
「で~きた。はい、夏芽さん!」
「ありがとう、未来ちゃん」
「うん、じゃあ部屋に戻るね~」
「後で夜ご飯を届けるから!」
「はーい」
夏芽さんの方を見ずに、足早に部屋へ向かう。
短冊を敢えて自分で笹に付けなかった。願い事を書いている最中、ふいに浮かんできてしまった涙を、夏芽さんに見られないようにするためだ。
「……何が、願い事だよ」
何が、『来年も短冊に願い事を書けますように』だよ……。
部屋に戻った私は、電気も付けずにベッドに潜り込んだ。
意味が分からない。病気のことも、余命のことも。何より、普通の人と何ら変わりなく元気なことも。それなのに“来年”を夢見て、物思いにふけることも。
私、本当に死んでしまうのだろうか。何一つ理解できずに私の中の沢山の感情が矛盾し合っている現状が、とても苦しくて、意味が分からなくて……何だか妙に、悔しかった……。