花と共に、あなたの隣で。
5.プールと向日葵
夏休みのある暑い日。誰もいない学校のプールサイドに座って、足だけピチャピチャと水の中で泳がせながら空を仰いだ。私を呼んだ人物はまだここに現れない。
「暑すぎる……」
制服のブラウスが汗で体に張り付く感覚が気持ち悪い。タオルでいくら拭っても止まらない汗に若干の嫌悪感を抱きながら、小さく見える真っ白な飛行機を眺めた。あの飛行機は一体どこへ向かうのだろうか。なんて、遠い存在に思いを馳せてみたりして。何だか私らしくない。
張り付いて気持ち悪いブラウスを指先で引っ張ってみても、またすぐに肌に吸い寄せられる。その感覚がやっぱり気持ち悪くて、つい唇を尖らせてしまう。そんな中、胸元の赤い紐リボンだけは、僅かな風に晒されて小さく揺れ動いていた。
しかし……静かだ。学校には誰も居ないのだろうか。人の声1つしないこの場所には、騒がしい蝉の声だけが響き渡っている。1人でピチャピチャと足を泳がせ続ける私。今度は太陽に向かって大きく花を咲かせている向日葵に目を向けてみる。私の足が上げる水飛沫越しの向日葵は、いつも以上にキラキラと輝いて見えた。
暫く呆然と過ごしていると、遠くからパタパタという足音が聞こえ始めた。その足音は徐々に大きくなり、プール全体に響き渡らせる。ギィ……とプールの門を開けて私に近付いてくる足音の持ち主は、小さく「よっ」と声を上げて私の頭を軽く叩いた。
「偉いじゃん。ちゃんと来て」
「当たり前です。私、真面目なんですから」
その人物の方を見ずにそう言い放つと、ブフッと吹き出すように笑われた。それが何だか癪で、自然と唇も尖る。
水の中で泳いだままの足を再度動かして、また水飛沫を上げてみた。その飛沫は思っていた以上に飛距離があったようで、傍に居たTシャツ姿の人物に容赦なく飛び散っていた。
「うわ、ちょっと森野。止めてくれる!?」
「……ふふっ。止めろって言われたら益々やりたくなりますよ。良いんですか?」
「お前……意地悪だなぁ~……」
先程よりも少し強めに足を動かして、更に水飛沫を上げる。すると、それに対抗するかのように向こうも水に手を付けて、大きく水飛沫を上げ始めた。
「佐藤先生、止めて!」
「仕返しだっ」
なんて言いつつ、その水飛沫は私の足にだけ掛かるように調整をしているようで、大きな飛沫の割には全然水が掛かって来ない。少しだけ微笑みながら手を動かしている表情がまた癪で、思い切り足を動かして水面に叩きつけた。するとその勢いで飛び散った水は、全て自分の頭を目掛けて落ちてきて……。
「……あーあ、何してるの」
「……」
全身ずぶ濡れの私が完成。元々汗で張り付いていたブラウスはさておき、髪の毛から赤い紐リボン、スカートまで……まるで水浴びをしたかのような濡れ方をしてしまった。
だけど、何だか清々しい気分だ。全身が濡れて気持ち悪いはずなのに、心は妙に晴れ渡っている。
「ほ~ら。今日は水浴びじゃなくて、プールサイドの清掃をしてもらう為に呼んだんだけど?」
「元は先生が来るの遅いからです」
「……そうだな。すみませんね、森野サン。出遅れてしまいまして」
「本当ですよ。でも今日は特別に許します」
「恐れ入りますね」
なんて言いながらお互いに笑い合って、プールから足や手を各々引き上げた。