花と共に、あなたの隣で。


 夏休みのプールサイド清掃。これはこの学校特有の決まりなのだが、1学期の成績で評定が2以下だった科目がある生徒は、担当の教師による補習が行われる。運動が苦手な私は体育の評定が2だった為、今ここに呼び出されているのだ。
 とはいえ、体育で補習と言っても少々難しい。しかも体育の補習対象者は全校生徒の中で私だけらしく、先生は補習をどうするか非常に頭を悩ませていた。そこで行き着いたのが、プールサイドの清掃。夏休み中、先生の指示で清掃を行うことで補習を受けたことにしてくれるらしい。

 私は掃除用具庫に向かい、緑色のデッキブラシとホースを取り出した。水を浴びて全身濡れている私だが、暑い太陽の日差しのお陰で体が冷える感覚は無い。むしろ既に半分くらい乾いているのでは無いだろうか。そう思えるくらい、今日は暑い。

「で、先生。どこやりましょうか?」
「うーん、全体かな」
「分かりました」

 教官室の横にある蛇口にホースを付けて、それを限界まで伸ばす。そしてハンドルを(ひね)って水を出し、勢いよくプールサイドにまき散らした。勢いの強い水はプールやフェンスすらも飛び越えて、太陽に向かって咲いている向日葵の方にまで向かう。暑いから、向日葵も水分補給。そう思えば何も問題は無い気がしてくるから面白い。

「森野、水の勢いが強すぎるって! 弱めろ~」
「向日葵も水分補給ですよ、先生」
「それじゃ向日葵も物足らんわ。後でジョウロ使って優しく根元に掛けてあげな?」
「……は~い」

 渋々蛇口に向かい、ハンドルを少し締めて水を弱める。そうして視線を再び水を撒いた箇所に向けるが、せっかく撒いた水の跡が無い。どんなに撒いても、暑い日差しのせいであっという間に蒸発していくのだ。そう考えると、もう水を撒く必要なんて無い気がしてくる。

 私は勢いの弱まったホースを熱いプールサイド上に投げ置いて、手に持っていたデッキブラシで磨き作業を開始した。謎の黒ずみや鳥の糞。良く見ると色々なもので汚れている床は、本当に磨き応えがある。ゴシゴシと強めに擦ると、少しずつ汚れが消えて行くのが目に見えて楽しい。

 キラキラと輝くプール。プールサイドから消えて行く汚れ。そして、備品庫の中で何かをしている先生。私と先生だけの、特別な時間。体育が苦手で良かったなんて、ついそんなことまで思ってしまう。

「うわーあっちぃ! 森野、備品庫の中がサウナみたいになってるよ」
「先生、気を付けないと干乾びてしまいます」
「もし俺が干乾びたら、そこのフェンスにでも干しといてね」
「干物にでもなるつもりですか」
「お、いいなそれ。俺、筋肉質だから美味いかも」
「止めて~」

 意味不明な冗談を交わしながらも、デッキブラシを動かす手を止めない。綺麗になっていく床を眺めながら流れる汗を腕で拭うも、次々と流れては地面に零れ落ちた。容赦のない太陽は、より一層暑さを強めている気がする。



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