花と共に、あなたの隣で。


 先程プールの水で濡れた私の全身はすっかり乾き、再び流れ出る汗が私の全身を支配し始める。また肌に張り付くブラウスが気持ち悪く感じるが、それよりもデッキブラシでプールサイドを磨く行為がやっぱり楽しい。そんなことを考えながら夢中で手を動かしていると、突然頭の天辺で冷たさを感じた。「ん?」と声を漏らしながら上を向くと、先生が私の頭に何かを置いて微笑んでいた。

「森野、休憩しよ」

 置かれた物に手を伸ばすと、今度は手のひらに冷たさを感じた。先生が頭の上に置いた物を受け取り、それに視線を落とす。キンキンに冷えた、ラムネ味のアイスクリームだ。

「ありがとうございます、頂きます」

 日陰に据えられているベンチに腰を掛け、先生と並んでアイスクリームを食べる。非現実感の強い今の状況に、つい眩暈(めまい)がしそうになった。評定2を取った補習の代わりなのに、ご褒美に思えてしまってどうしようもない。


 先生はアイスクリームを食べながら向日葵を眺めていた。僅かに吹き抜けていく風に煽られ、向日葵たちが小さく揺れる。私も同じように視線を向けると、先生は小さく言葉を発した。

「向日葵って、開花してからの寿命は1週間程度らしいよ。知ってた?」
「それは……知りませんでした」

 持っている棒の部分に溶け始めたアイスクリームが伝い始め、私の手をどんどん濡らしていく。汗拭き用に持って来ていたタオルでその手を拭いながら急いで食べ切って、今度は先生の方に視線を向けてみる。先生は既にアイスクリームを食べ終えており、空になった棒を唇でくわえたまま、ゆっくりと上下に動かしていた。

「向日葵の人生は1年。そのうち、キラキラと輝けるのはたったの1週間。しかもそこの向日葵なんて、その輝ける1週間がまさかの夏休み中よ? なんかさ、そう思うと少し複雑じゃない?」
「何が……ですか?」

 くわえていた棒を手に取り勢いをつけて椅子から立ち上がった先生は、私の手からも棒を取り上げてそっと微笑んだ。優しい表情なのに、どこか悲しそうな表情も混じって見える先生を不思議そうに見つめていると、またポンッと私の頭を軽く叩いた。

「せっかくの晴れ姿なのに、誰にも見て貰えなくて複雑だよなって話」
「……」

 それは確かに一理あるかもしれない。休みで無ければ沢山の生徒に見て貰えるが、“誰にも”という言葉が妙に引っかかる。

「……でも、先生」
「ん?」
「誰にも見て貰えないなんてことはないです。現に私と先生は、向日葵の晴れ姿を間近で見ているじゃないですか」
「……」
「向日葵、キラキラと輝いていて綺麗ですね」
「森野……」

 サァーッとやってきた生温い風は私たちの横を通り過ぎ、少し先にある向日葵をまた優しく揺らす。太陽を向いたまま左右に揺れる様子が、何だか私には喜んでいるように見えた。
 来年も、私は向日葵の輝く姿を拝む事ができるのかな。そんなことを思い、小さく唇を噛む。

「よし、森野。備品庫にジョウロがある。それに水を入れて、向日葵の前に集合」
「何でプールにジョウロ?」
「授業終わりのフリータイムで使ってもらう為だよ」

 高校生ってプールでジョウロを使うかな。疑問に思い首を傾げていると、先生はそっと微笑んで足早に教官室に戻っていく。その背中を見届けた私もベンチから立ち上がって、言われた通り備品庫に向かった。



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