花と共に、あなたの隣で。


「……さて、森野。前に、友達を作らないのかって聞いたことあっただろ。あれ、答えられる?」
「……」
「勿論、無理にとは言わないけれど」

 少し真剣な表情をした先生は、真っ直ぐ私の目を見つめていた。……余命のこと、どこまで話せるだろうか。自分にそう問いながら、私は秋桜に目を向ける。
 つい最近、ナベから教えてもらった自身の病気の話。当然だが、他人に話したことは一切無い。担任すら気に掛けて来ないのに、どうして佐藤先生はこうも気に掛けてくるのか。

「先生、私のことが気になるのですか」
「あぁ。気になる。高校生活が始まって半年が過ぎたと言うのに、いつもひとりぼっちな森野のことがな」
「……そうですか」
「そうですかって何だよ……」

 チョコバナナを隣に置き、制服の内ポケットから赤いカードケースを取り出した。十字とハートがデザインされたそのケース……分かる人には分かる。ヘルプマークだ。別に私は誰かに助けてもらう必要は無い。だけど、いつ何が起こるか分からないから保険として持っていて欲しい、という理由でナベに持たされているのだ。
 ヘルプマークを見た先生の顔が一瞬で曇った。その表情はきっと、これが何か分かっているが故。曇った後、悲しそうに顔を歪ませた先生は、少しだけ俯いた。

「まだ、何も言っていませんけど」
「……うん」
「話、聞きます?」
「……うん」

 誰にも言わないで。そう強く念を押して、私は私の事情を先生に話した。

 中学生の頃に余命宣告されたこと。悲しくて見てられないと言った親に施設へ入れられたこと。主治医から高校を卒業できる確率は10%未満であること。でも、これと言って体調が悪いとか、そんなことは一切無いこと。ただ、白血球の数値が悪くなっており、状況はあまり良くないこと。
 そして……その白血球の数値が原因で、運動が最近辛いこと。ナベから聞いたばかりの話も含めて、先生に全て話してみた。

 隣で黙って話を聞いていた先生の目からは、一筋の涙が零れ落ちていた。私はそれを見なかったことにして、ヘルプマークをポケットに戻し、再度チョコバナナに手を伸ばす。やっぱり各々の自己主張が激しいチョコバナナ。だけど、先生に自分のことを話したからか、胸に引っかかっていた何かが取れて楽になった気がした。さっきよりも更に美味しく感じ、頬が少し緩む。

「……森野、死んじゃうの」
「さぁ。私にも分かりません」
「何でそれ、隠しているの」
「普通に考えて嫌でしょう。私、色眼鏡で見られたくないので」

 小さく溜息をついた先生は、また一筋の涙を零す。……そんな悲しそうな顔をするから。だから、私は人に知られたくないんだと、改めて思う。

 少し離れた場所からギターの音が鳴り響き出した。これから音楽部のバンド演奏だろうか。ギターの音に続き、ドラム、ベース、キーボードと、音出しをしているみたい。今年いっぱいで廃部になる予定の音楽部。音出しが終わると、ドラムのドンッという力強い音を機に演奏が開始された。



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