花と共に、あなたの隣で。
今日のところは事情を説明して帰ろう。そう思い担任を探す為に職員室へ向かっていると、背後から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。軽く飛び跳ねるような、もう聞き慣れてしまった声色。今回の間接的な要因。
「もーりの、おはよ」
「……佐藤先生。おはようございます」
「どうしたんだ。もうすぐホームルームだぞ」
近づいてきた先生はポンッと頭を叩いて、私が持っている黒薔薇に視線を向けた。優しそうに微笑んでいた表情は一気に曇り、怪訝そうな声を上げる。
「森野……何それ」
「……黒い薔薇」
「見れば分かる」
手に持っていた黒薔薇と紙を取り上げ、その一輪の花と文章を眺める先生。「薔薇はお前の?」って聞いてくるから「まさか。机に置いてありました」と答えると、ムスッとして紙はぐちゃぐちゃに丸め、黒薔薇の茎は真っ二つにした。……お花には罪が無い。だけど、察したが故の行動に、少しだけ喜びを覚えた。
「誰の仕業だ」
「いや、良いんです。どうこうして欲しいわけではないので」
「良くないだろ……。全然良くないだろ……!!」
「良いんですよ」
廊下で突っ立って佐藤先生と話していると、横を不思議そうに通り過ぎようとした担任。「あ、先生待って!」と声を上げて呼び止めて「今日は帰ります」と一言だけ告げた。何故帰るのか、理由を聞いてこない担任は「了解」とだけ言って教室に向かって歩き始める。その様子を眺めていると、佐藤先生は廊下の壁をダンッと強く殴って、少しだけ俯いた。
結局、誰も私に関心が無いのだ。担任が私にまるわる情報をどこまで知っているのか、それすら知らないけれど。あまりにもドライ過ぎる対応に、当事者である私は笑いが止まらなかった。
「帰りますって言って、了解って返ってくるとは思いませんでした。理由なく帰っても良いんですか?」
「良いわけねぇだろ。有り得ねぇよ、あれ。今度の職員会議の議題にしてやる」
吐き捨てるように言い放つと同時に、始業を知らせる本鈴が鳴り出した。さすがに焦りを見せ始めた先生は「森野、俺1限空きなんだ。帰らずに特別教室棟の裏で待機しておくこと」と小声で呟き、ダッシュで2年A組の教室に向かって走り出した。
黒い薔薇の原因が佐藤先生だとは、とても言えなかった。
最初こそどうでも良かったのに、私のことを気にかけてくれる先生の存在が貴重で。やっぱり嬉しくて、何だか失いたくなくて。
そう思ってしまう自分の感情に対して鼻で笑いながら、私は言われた通りにまた特別教室棟の裏へ向かった。