花と共に、あなたの隣で。


 先生も笑ってくれると思っていた。
 だけど、その表情は私の想像と違った。

「……死ぬんだからなんて言うな。死ぬとか死なないとか、そんなの関係無いだろ。黒い薔薇なんて……悪質だ」
「でも先生。(きく)の花じゃなくて良かったなんて、思いましたけど」
「……バーカ!!」

 ペシンッと軽く頭を叩かれる。先生は「そういう問題じゃねーよ!」と割と大き目な声で言って、今度は優しく頭を撫でてくれた。先生の手が温かくて、優しい。妙に落ち着く手の動きに懐かしさを感じる。

「……遠い昔。両親に撫でて貰った記憶が蘇ります」
「そういや、お前は施設に入ってから、両親とは会っていないのか?」
「はい。会っていません。私の顔を見ると悲しくて辛い気持ちになるらしいので。面会にすら来ませんよ」

 わかば園に居る時は1人ではないから、別に寂しくは無かった。朱音さんも夏芽さんも優しくて良い人だし、施設内に仲良く話せる友達も居る。私を見捨てた両親なんて————って、()ねているわけでもないけれど。会わなくても本当に寂しくは無かった。
 だけど。それでもやっぱり、こう頭を撫でられると両親のことを思い出してしまう。

「先生、私が死ぬ時も傍に居て下さいね。佐藤先生と、担当医のナベ。2人が居れば、あの世だって怖くない」
「だからさ、バカなこと言うなって!! 森野は死なない。絶対に死にません」
「先生は医者じゃないです」
「医者じゃないからこそ、理想論を語らせろ。お前は死なない。お前自身の卒業式に、きちんと参加するんだ」

 力強い言葉を吐き出しながら、先生は涙を零していた。
 この前のナベもそうだったけれど、こんなにも私の為に泣いてくれた他人なんて、かつて居ただろうか。

 私って、意外と人に恵まれている。
 そう思うと、この人生も悪くない気がしてくる。

「薔薇とあの紙の件は、俺からそれとなく話しておく」
「えっ、担任ではないのですから。良いですよ」
「良くない。全然良くないわ。俺、そういう陰湿(いんしつ)なのが大嫌いなの。森野、頑張ってるのに」
「まぁ……病気のことは誰も知りませんから」

 先生はさっきぐちゃぐちゃに丸めた紙をポケットから取り出した。《消えろ。目障り。恨んでやる》その言葉の意味を考えるように首を傾げて、また紙を丸める。

「てか、森野何したの」
「何もしていませんよ。ただ——……」
「ただ?」
「……」

 佐藤先生と親しく話しているから——……。とは、先生本人に言う勇気がやっぱり無かった。
 不思議そうに目をパチパチさせている先生に「やっぱり、何も無いです」と告げると「嘘つくな」と強めに言われたが、それでも折れずにどうにかこの話題を終わらせた。

 消えろ、なんて。
 言われなくても消えるさ。

 先生には言えていないけれど、死ねとも言われたし。

 言われなくたって。
 望まなくたって。

「————……近いうち、死んじゃうのにね」
「……」

 私の小さな呟きに対して、先生は何も言わなかった。

 漏れそうになる嗚咽(おえつ)を抑えるように唇を噛みしめて、また大粒の涙を零す先生。震える腕で私の体を抱き寄せると、「バカなこと言うなって……」と呟きながら、先生の(ひたい)を私の額に優しくコツッとぶつけた……。



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