花と共に、あなたの隣で。

9.山茶花と舞い散る雪



 雪がちらつく12月。
 ついに、私の大嫌いなイベントがやってきた。

 この高校の良いところは体育祭が無いこと。それなのに、マラソン大会は律儀に開催されるのだ。
 学校の敷地内を2km走り、タイムを計測する悪夢のようなこれからの時間が本当に最悪。


 グラウンドの隅っこでクラスごとに固まり、自分たちの番が来るのを今かと待つ最中。例の黒い薔薇事件を起こした当事者たちは、遠くから私に向かって小さい石を投げつけていた。
 子供かよ……。そう思うも、このパターンは無視をするのが1番。あの人たちの様子に気が付いていないフリをして、フェンスに沿って植えられている山茶花(さざんか)を眺めた。


 結局あの後、佐藤先生は担任にそれとなく話したらしい。だけど興味も関心も無い担任は、それをクラスで話すこともせずにスルー。それに怒った先生は、ある日のロングホームルームの時に1年A組の教室に乗り込んできて、事実を全て話した上で生徒たちを指導した。

 私はと言うと、なんせメンタルだけは最強なわけで。
 何されても本当に心に響かないから、教室に通うのは別に苦ではなかった。

 何をされても。
 黒い薔薇の後、結局カラフルな(きく)が置かれていたけれど。

 大丈夫。別に私は、何も無い。



「————森野、無理するなよ」
「……えっ?」
「マラソン、無理して出る必要は無い」

 ふいに降ってきた言葉。
 少しだけ離れた位置でボードに何かを記入しながら、そう呟いていた人物。

 その人は一切私の方を向かずに、声だけを飛ばしていた。

「運動、辛いだろ」
「……でも、サボると成績に響く」
「……バーカ。夏休みに補習受けたやつが、今更何の心配してんだよ」
「……」

 ボードを見つめたままの人物……佐藤先生は、相変わらず私の方を見ない。ボードと向き合い、今もまだ書き続ける。

「また、補習受ければ?」
「……冬はどこの掃除ですか」
「うーん、体育教官室とか?」

 私の返答を聞かずに歩き始めた先生は、「オラッ、3年男子集合っ!!」と大きな声を張り上げながら、グラウンドの中心に向かって行った。

 その様子を眺めているあの当事者たち。
 私と先生が話していたことには気が付いていないようだが、恋愛経験が無い私でも分かる。あの目は、恋している人の目。

 何歳なのか。それすらも分からないけれど。
 正直カッコイイ方に分類されるその見た目は、女子生徒を(とりこ)にしても仕方が無い気はする。

「…………」

 強く風が吹くと、舞う雪は横向きに飛ばされていく。「オラァ、遊ぶなよ!」と声を張り上げている先生の黒い髪は、雪が積もって徐々に白く染まり始めていた。


 しかし……。先生が出る必要は無いって言ってくれるのならば、言葉に甘えてみようかな。クラスマッチの時に、自己判断で見学をしていた事実は棚に上げて。
 私はその場から立ち上がり、担任の方に向かった。そして体調が悪いから見学すると、いつものように報告し、いつものように「了解」とだけ返ってくる言葉。それを確認してから、ゆっくりとグラウンドを後にした。



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