花と共に、あなたの隣で。
「——森野」
「……え?」
突然呼ばれた名前。咄嗟に、佐藤先生だと思った。
振り返りその声の方向を向く。しかしそこに立っていたのは……。
「だ、誰……」
同じクラスの同級生だということは分かる。だけど周りに興味が無い私は、その人の名前が本当に分からない……。身長が高くて眼鏡を掛けた人。ジャージ姿のままこちらを見つめているその人は、教室の扉の所で突っ立ったままだった。
「僕、戸野綾都。……ごめん、突然。君が1人で校舎に戻って行くところを見ていたからさ。チャンスだと思って、ここまで来た。陸也くんから君のことは聞いている」
「陸也くん……?」
次々と知らない名前が出てきてパンクしそう。戸野くん自身も知らないけれど、陸也くんなんてもっと知らない。誰か分からずに首を傾げていると、「この前、お墓参りに行ったでしょ。陸也くんと」と言ったのだ。
「……え、ナベのこと?」
「うん。渡邊陸也。君の言うナベだよ。そしてお墓、戸野和都。僕の……兄だよ」
「えっ」
戸野くんは教室に入り、私の隣の席に座った。そして眼鏡を外して、髪を掻き上げる……。同級生だと思えないくらい妙に大人びている戸野くんは、横目で私の方を見て、また言葉を継いだ。
「先日、陸也くんと会った。その時に初めて、森野のことを聞いた」
「……な、何でナベが私のこと話すの」
「陸也くんは、君に友達がいないことを心配していた。……僕も4月からずっと、変わった人だなって思っていたんだけど。陸也くんから話を聞いて、納得した」
「……」
今日わかば園に戻る前に、ナベの診察室に寄ろう。
私の許可も得ずに勝手に話したこと、絶対に問い詰めてやる。そう意気込み、隠れて小さくガッツポーズをした。私自身が人に話したくないと言っているのに、ナベが他の人に話すとは何事だ。
怒りに満ちている私とは反対に、どこか悲しそうな戸野くん。外していた眼鏡を掛けて俯き、そっと息を吐き出す。
「兄と同じ病気だと聞いてから、ずっと話したかった」
「……でも、独りぼっちでいじめられている私には、タイミングをよく見なきゃ話しかけられなかったと」
「違う、そうじゃなくて……」
「いいの、別に」
「違うっ!!」
突然の大きな声に、驚き固まる。戸野くん自身もハッとなって、気まずそうに更に深く俯いた。
窓の外から聞こえてくる、佐藤先生の大きな声。非日常な今この状況だが、いつもの声を耳にするだけで安心感を覚えるから不思議だ。
「……佐藤先生の声、聞いてんの」
「な……何なの、本当に。別に関係無くない!?」
「何で君がいじめられるのか気になっていたけど、確かに佐藤先生と距離が近すぎる」
「……本当に——……」
何も知らない戸野くんに、どうしてそこまで言われなければならないのか。それが分からなくて、じわじわと怒りが込み上げてくる。座っていた椅子から勢いよく立ち上がって机を強く叩いた。
「本当に戸野くんには関係無いって。もう良いから、ナベに何を言われたのか知らないけれど。私に構わないで!」
「あ……、森野っ!」
戸野くんに冷たい言葉を投げ掛けた私は、そのまま教室を飛び出した。
背中越しに大きな声で私を呼ぶ声が聞こえて来るも、それには反応せずに。