花と共に、あなたの隣で。


 戸野くんが強制的にグラウンドに連行され、訪れる静寂。やることも無く呆然と山茶花を眺めていると、また佐藤先生がこちらに向かって歩いていた。少しだけ不機嫌そうに眉間に皺を寄せている先生は、私と目が合うと優しく微笑む。

「……森野、大丈夫か」
「先生こそ……またここに戻ってきて大丈夫なのですか」
「今は少しだけ大丈夫」

 静かに私の隣に座って小さく溜息をつく先生は、どこか疲れているような表情。そっと目を閉じて、遠くに聞こえるグラウンドの喧騒に耳を傾けていた。

「戸野、何だったの」
「……あ……。いや、別に」
「別にってこたぁ無いだろ」

 先生の黒い髪にも、雪が積もっていた。目を閉じたままの先生は、どこか儚くて……今にも消えてしまいそうで。
 私は無言のままで黙り込んでいると、急に先生は腕を私の肩に回してきた。そして「戸野とは、友達になったの」と一言呟いたのだ。

 友達だなんて……、願い下げだ。
 今日初めて話した人であり、戸野くんの人物像も分からないのに……。

「……大体、先生はどうしてここに私が居るって分かったのですか」
「あぁ……。いや、1回教室に行った。だけど居なかったからさ。次に森野が向かうとすれば、ここかなって。俺の推測。だけど、ビンゴだった」
「……」
「戸野はオマケだ」

 何なら、居なかったことすら気が付かなかった。そう言って小さく笑いを零した。

「何で、私を探していたのですか」
「何でって……。俺、森野のことが心配だから。大丈夫かなって思って」
「……」

 先生はそれ以上、何も言わなかった。

 静かな空気が流れる特別教室棟の裏側。
 すると、遠くから別の体育の先生の叫び声が聞こえて来た。

「成績発表をする! 今から集計するから(しばら)く待機!」

 その声が聞こえると、隣で黙り込んだままだった佐藤先生が目を開けて動き出す。てっきりグラウンドに戻るものだと思っていたのだが、予想は裏切られた。


 先生が目を開けると同時に零れ落ちた一筋の涙。それを軽く拭った先生は、何も言わないままそっと私の体を抱きしめた……。


「え、せ……先生……?」
「ねぇ、森野。死ぬ時は、一緒に死のうか」
「……えっ?」

 突然発せられた衝撃的な言葉に、思わず絶句した。

 しかも先生は、これ以上何も言わなかった。
 私も、あまりにも驚き過ぎて言葉が出てこない。黙り込んでいる先生に対して、言葉の意味を追及することはできなかった……。




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