花と共に、あなたの隣で。
11.凛と咲く椿のように
年が明け、新年がやってきた。
川内わかば園で1人年越しをした私は、特にやることも無くテレビで放送されている特番を眺める。ギャーギャーと騒がしい芸能人たち。楽しそうで何よりだね……と。ついそう思ってしまう私は、どこか冷めている。
佐藤先生とは年末に会って以降、特に何も無い。
悲しそうな様子が脳裏に焼き付いて離れない——……。ただ、それだけだった。
考え事をしながらテレビを眺めても、内容が一切入ってこない。
次は何をしようか……そう考え始めた時、静かに扉をノックする音が聞こえてきた。
「……はーい」
「渡邊です。入るね」
「……」
静かに扉が開き、ゆっくりと入って来た私服姿のナベ。
ナベは「あけましておめでとう」と一言呟き、軽く頭を下げて部屋に入ってきた。
「……おめでとうございます」
「未来ちゃん、まだ怒ってる?」
「……」
実は戸野くんの件でナベの診察室に乗り込んで以降、なかなか顔を合わせる機会が無かった。検診も無いし、ナベには用も無い。それで私からも近寄らなかったものだ。
「用事は何? ただ挨拶に来ただけなら帰りなよ」
「未来ちゃん……」
やっぱり、苛立ちは隠せなかった。
ナベの方を見ずに冷たい言葉で突き放すも、当の本人は部屋を出る気配が無い。
「……ナベ」
「未来ちゃん。戸野くんの件は本当にごめん。僕、戸野くんとの話の中で、未来ちゃんが学校の体育の先生と仲が良いと聞いて。不味いと思ったんだ」
「…………」
「未来ちゃんと仲の良い佐藤先生。彼の主治医も、僕だ」
不意に込み上げてきた涙を隠すように拭い、窓の外に目を向ける。絞り出すように言葉を発するので精一杯だった。
「……だ、だから何。何が不味いの。それと戸野くんに話した件、何が関係あるって言うの」
小さく溜息をつく音が聞こえた。
ナベは私の隣に置いてあった椅子に座り、また溜息をつく。私の部屋には、重たい空気が流れていた。
「佐藤先生から聞いた? 」
「……」
言葉は発さずにそっと首を縦に振り肯定すると、「そう」と呟いてまた溜息。溜息ばかりのナベにそろそろ物申そうかと考えると、小さな声でまた言葉を継いだ。
「僕ね、未来ちゃんが決めたこと。高校で友達を作らないっていうやつ、別に悪いとは思わない。未来ちゃんが決めたことだから、深くは何も言わないようにしようって思っていた。だけど、その一方で先生と仲良くなるのは違うと思う。未来ちゃんには、年相応の生き方をして欲しい。……ましてや、駄目だよ。後付けとは言え、“記憶能力欠乏症”の患者と仲良くなっては駄目なんだ。……段々と記憶が無くなるんだから。辛いのはお互いだよ」
「……」
「しかも、後天性は先天性よりも進行が早い。……だから多分、佐藤先生の方が先に————……」
「やめてっ!!」
「!」
「やめて、やめてよ。ナベの馬鹿!!」
ダンッと力強く机を叩き立ち上がる。酷く睨みつけて「ナベ大嫌い」とだけ一言残し、部屋を飛び出す。その様子に驚いたナベは大きな声を上げるが、追い掛けては来なかった。
廊下で作業をしていた夏芽さんも「未来ちゃん!?」と名前を呼んだ。しかし、それすらも無視をして歩き続けた。
同級生に友達を作らず、先生と仲良くなっていた私。
しかもその先生が同じ病気で、先に亡くなってしまう可能性がある。
だからナベは、私を佐藤先生から引き離そうとしていたのだろう。戸野くんに私と接触するよう促し、気をそちらに向けさせる。そうして、“記憶能力欠乏症”である先生とは距離をおかせる。
私が傷つくから。
私が……希望を失ってしまうから。
ナベの考えることだ。大方そんなことだろうとは、何となくだが想像はつく。
「……分かっては、いるんだけど」
目を閉じれば思い浮かぶ、佐藤先生の笑顔。
最初こそやたら絡んでくる教師、くらいにしか思っていなかったけれど。何かと関わり、沢山の話をする中で……。
「いつの間にか私、先生のことを好きになっていたんだろうな」
そう呟き、溜息を零す。