花と共に、あなたの隣で。


 わかば園の正面玄関から外に出て、その前で立ち尽くした。静かに舞い降りている小さな雪の粒が、そっと私の体を濡らしていく。防寒具も持たずに飛び出したものだから、あっという間に手が赤くかじかんできた。

 行き場もない。所持金もない。
 無謀に飛び出したことを後悔していると、後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえて来た。


「ねぇ、未来ちゃんっ! 風邪ひくよ!」
「……」

 玄関の扉が開いて飛び出て来た人物は、そのままの勢いで私に抱きついた。そうして自身の首に巻いていた青いチェック柄のマフラーを私の首に巻いて、再度力強く抱きしめる。

 その人物————ナベは、涙を浮かべて目を真っ赤にしていた。

「未来ちゃん、ごめん。僕は君に意地悪をしたいわけじゃないんだ」
「……」
「同じだよ。未来ちゃん自身が、先に立つ自分のことで悲しませたくないから友達は作らないと言っていたじゃない。それと同じ。未来ちゃんと仲良くなった人が先に立つと、未来ちゃんが悲しむ。だから……佐藤さんとは距離を置いて、事情を知っている戸野くんと仲良くなって欲しかったんだ」
「……事情を知っているって。ナベが勝手に話したくせに」

 ありったけの力を振り絞って、ナベの抱擁から抜け出す。たったそれだけなのに息切れをしてしまい、自分の体力の衰えを感じる。確実に近付いている死期。それを思わぬ所で実感してしまい、少しだけ笑いが零れた。
 一方、ナベはまた泣きそうだった。医者であるナベから見れば、今の行動1つであらゆることが分かるのだろう。

「ねぇ、ナベ。私、佐藤先生と一緒に死ねるかな」
「……えっ?」
「私、いつ死ぬの? 春、夏、秋、冬。いつ? 明日なの、来年なの?」
「未来ちゃん……」
「……私ね、後天性である佐藤先生が先に死ぬかもって分かっていても、距離を置くなんてできない。佐藤先生は、運動が苦手な私のことを褒めてくれた。ひとりぼっちの私を気に掛けてくれた。気が付けば、いつも傍に居てくれた佐藤先生のこと、多分私は……好きになっているのだと思う」
「……」
「佐藤先生にはね。私が死ぬ時、傍に居てねって話しているの。だけどそれが叶わないと言うのならば、一緒に死ぬ未来も有りだよね」

 思ったよりもスラスラと言葉が出てきて、自分でも酷く驚いた。何なら自然と口角まで上がっているようで、そこまで悲観せずに今の状況を受け入れられているということなのだと思う。
 ナベは良い大人だと言うのに大号泣をしていた。嗚咽を漏らしながら零れ落ちる涙を拭いもせずに、ただ流れに任せている。
 
 ビューッと冷たい風が吹き、舞い降りていた雪が風に乗ってブワッと飛んでいった。新年早々、こんなにも重たい話をしなくても良いのに。最初に話題を切り出したナベが悪いのだと心の中で思い、自分を正当化させた。



 泣き止まないナベは、その後何も言わなかった。
 そうして私をわかば園の自室まで送り届けて、足早に帰って行ったのだった。




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