花と共に、あなたの隣で。
生徒たちがゾロゾロと体育館を後にする中で、私も立ち上がり体育館を後にしようとした。するとその様子に気が付いた先生は「森野!」と一言大きな声で名前を呼んで、「ステイ!」と言葉を継いだ。
ステイって……犬じゃないし! なんて思いながらその場に立ち止まると、少しだけ口角を上げて小走りで駆け寄ってきた先生。手に持っていたドッヂボールを私に向かって、ふわっと弧を描くように投げてきた。
ゆっくりとこちらに向かってくるボールを両手でキャッチして、先生の方を眺める。「上手に取れたね」と拍手しながら、今度はボールを受ける体勢になる。そして「森野、投げてごらん」と言って優しく微笑んでくれた。
「先生、私そこまで届かないです」
「大丈夫。どんなボールでも、俺が全部受け止めるから」
その言葉に深く頷き、左手でボールを掴んで先生に向かって投げ飛ばす。
ソフトボールよりは大きいけれど、それなりに飛ぶと思っていた。なのに、全然飛ばずに私の直ぐ目の前で墜落するボール。知らず知らずのうちに腕の力も落ちていたのだろう。小さくテンッテンッと跳ねるボールに、思わず笑いが零れた。
「ははっ、えー?」
「……森野」
「先生、もう1回やります」
跳ねていたボールを再度拾って、また左手で掴んだ。そして大きく振りかぶって投げ飛ばす。だけどやっぱり、ボールは直ぐ目の前で墜落した。
小さく跳ねるボールを見つめ、零れる涙。体力が衰えていることは分かっていたけれど、正直ここまでだとは思っていなかった。
止め処なく溢れ始めた涙を止められず、それらは床をどんどん濡らしていく。漏れ出る嗚咽も抑えきれないまま、転がっているボールを両手で取ろうとするも、手が震えて上手く掴めない。
「ははは……」
「森野」
「私の体力、どこ行った?」
「森野っ!」
小さくうずくまる私の体を、先生は優しく抱きしめてくれた。先生の体も震えていて止まる気配がない。
「……私、死ぬんだ」
「死なない」
「でもこの前、先生が言いましたよ。一緒に死のうって」
「……うん。でも、森野は死なない。医者じゃないから理想論を語らせろって、言っただろ」
「そうですけど、この前言ったことと矛盾しています。私、先生と一緒に死ぬと決めました」
俺と一緒に、死ぬの?
——そうだと言っているのです。
俺と一緒で良いの?
——寧ろ、佐藤先生と一緒が良いです。
……本当は俺も、森野と一緒が良い。
——先生と、私。2人一緒なら、どんな“未来”も怖くないと思うのです。
6限目開始のチャイムが鳴り響く中、静かな体育館に取り残されたままの私たち。頬でお互いの体温を感じるくらい顔を近づけて、抱きしめあったまま涙を零し続けた。これから嫌でも実感してしまう死期に、お互い耐えられるのだろうか。あまりに愚直すぎる疑問に嫌気が差しつつ。もう長くないと分かれば、これから私たちがどのように過ごしていけば良いのかが、自ずと分かってくるような気がした。
「佐藤先生。私ね、先生のことが……」
「森野っ」
「え?」
「しーっ」
そっと唇に人差し指を立て、微笑んだ先生。
そして「また、聞かせて」とだけ呟いて、優しく頭を撫でてくれた。