花と共に、あなたの隣で。

13.ミライを願ってノコンギクを



「森野」
「……戸野くん」

 ある当番の日。学級日誌を書くために1人教室に残っていると、帰ったはずの戸野くんが戻ってきた。
 やっぱり私が1人の時じゃないと話かけて来ない。自分がいじめれると嫌だから。それに尽きるだろう。

「久しぶりじゃん。話し掛けてくるの。やっぱり、いじめられている人と話すと自分の印象が悪くなるからだよね」
「……別に、そんなことない」

 戸野くんは教室に入って私の隣に座り、日誌を覗き込んだ。別に大したこと書いていないのに、ジッと見られ……正直なところ調子狂う。

「森野、体調はどうなの」
「別に。何も変わらず」
「……そう」

 戸野くんに本当のことを言う筋合いは無い。体力が落ちているとか、そんな話は彼に不要。何も無い。それを貫き通すためには、1番楽で早い言葉。

「ところで、何しに来たの」
「……様子見。陸也くんの依頼」

 それだけを言って、黙った戸野くん。ふぅ……と小さく息を吐いて、軽く頭を搔いた。
 陸也くんって……ナベのこと。相変わらずナベは懲りていないのだろう。戸野くんを使ってまで、学校での様子を知ろうとするのは普通じゃないと思うのだが。

「詳しいことは知らない。だけど、佐藤先生から引き離してと、だけ言われている。森野に同級生の友達を作って欲しい。それが陸也くんの願いだって」
「大きなお世話だよ……」

 どうせすぐ死ぬんだから。出てきそうになったその言葉は飲み込み、日誌の中身を書いていく。その間、戸野くんは黙ったまま私の隣に居た。

 結局、ナベは諦めていないんだろう。
 今もまだ、どうにかして私を佐藤先生から引き離そうとしている。

 ナベは、私の為と思ってやっていることなのだろうけど。何が私にとっての幸せなのか、きっと何一つ考えていない。

「……で、いつまで居るの」
「君が帰るまで」
「迷惑だよ。さっさと帰って」
「嫌だ。僕は君と一緒に帰るんだ」

 少しズレた眼鏡をクイっと押し上げて、また私の書いている日誌を眺める。戸野くんは何かを考えるかのように、首を傾げていた。

「……因みにさ。森野って今も佐藤先生と仲が良いじゃん。佐藤先生が原因でいじめられているっていうのに」
「……」
「陸也くんも、何で森野を佐藤先生から引き離せと言うのか僕には分からないけどさ。森野は、佐藤先生のことが好きなの?」
「……」

 私は何も答えずに、日誌を荒く閉じた。そうして、文房具たちを投げ込むように鞄に入れて席を立つ。「戸野くんに答える筋合いは無い」と一言呟くと、「図星なんだ」とまた声が返ってきて、それにまた苛立ちを覚える。

 ナベと言い、戸野くんと言い、もう放っておいてくれたら良いのに。
 医者だから、身内に同じ患者が居たから、なんて……そんなものを盾に私の人生を妨害(ぼうがい)する権利は無い。残りの短い人生をどう生きるか。それを決めるのは私だ。

「元気な戸野くんには、余命宣告された人の気持ちなんて分からないよ。どうせ死ぬなら私は、いじめられても、死ねって言われても、(きく)の花を添えられても、石ころを投げられても。それでも私は……私は、佐藤先生の傍に居たいと、心の底から思っている」
「森野……」
「何も知らないくせに。ナベに頼まれたからという理由だけで、私の邪魔をして来ないで」


 驚いたような表情の戸野くんを放って、教室を飛び出た。




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