花と共に、あなたの隣で。
既に真っ暗になっていた外を、僅かな街灯だけが私たちを照らす。車に向かう先生の背中を追いかけていると、ふと立ち止まった先生はこちらを振り返ることもせずに言葉を発した。
「戸野が、あんなにも目くじらを立てる理由はなんだ?」
「……ナベのせいです」
「ナベ?」
「私と先生の主治医、渡邊先生。彼が私と佐藤先生を引き離そうとしているのです」
「……何でだよ」
「…………」
込み上げてきた涙で言葉が出なかった。
先生は私の肩を支え、車を目指す。優しく助手席に乗せてくれた先生自身は運転席に座り、小さくまた溜息を零す。
私は勇気を振り絞って、先生にちゃんと話をした。
先逝くであろう後天性の佐藤先生と仲良くしていると、私が傷つくことになる。だから佐藤先生と関わるなと、ナベに言われたこと。ナベは高校で同級生と仲良くなって欲しいと願っていること。
そして、それらを実現させるために、ナベが戸野くんに私たちの邪魔をするよう依頼していたこと。戸野くんのお兄さんは“記憶能力欠乏症”で、ナベと友達だったこと。全て、佐藤先生に話した。
「……何だよ、それ。医者だから何しても良いとか思ってんの?」
話を聞いた佐藤先生は怒っていた。
戸野くんに佐藤先生の病気のことを言わなかったのは正解だ。だけど最初、私の病気のことを戸野くんに話したことは間違っている。そう言って語尾を強めた。
「亡くなった友達の弟だから何だ。そんなの関係無いし、戸野に俺らの邪魔をされる筋合いも無い」
ゆっくりと車を発進させ、学校を後にする。
怒りが抑えきれない様子の先生は、少しの苛立ちを見せていた。
「……今度、渡邊先生の診察があるんだ。物申しておく」
「喧嘩はしないで下さいね」
「それは、保証できん」
しばらく無言が続いた静かな車内。
移り変わる窓の外を眺めていると、ふと気になっていたことを思い出した。
「……あ」
「ん、どうした」
「そう言えばずっと聞きたかったんですけど、冬休みに補習していません。評定2だったのに何故ですか」
「……あぁ、そのこと?」
1学期は運動が苦手すぎて評定2を取ってしまった。しかも、2以下は補習があるという特殊な学校。体育で補習対象になった人が私以外に居なくて、夏休みはプールサイドの掃除をしたのだった。
そして2学期もやっぱり2以下だった。それなのに先生は補習をしなかった。
私の質問を聞いた先生はふふっと笑いを零した。そしてポンポンッと頭を叩き、そのまま優しく撫でる。
「ポインセチア見に行っただろ。あれが補習」
「え?」
「ってことにした! 何をしても担当教師の勝手。2学期も森野だけだったし、それで良くない?」
信号で停車したタイミングで私の方を向いた先生は、ニヤッと無邪気な笑顔を見せた。久しぶりに見たその笑顔があまりにも素敵に映って、涙腺が緩み切っている私の目からは、簡単に涙が零れ落ちた。
「え、何で泣いているの!? そんなに補習したかった!?」
「違います。先生の笑顔……」
「俺の笑顔?」
「先生、病気が分かってから疲れているというか、辛そうな表情ばかりだったから。久しぶりに見た笑顔に感動しました」
「な、何だそれ……」
信号が青になり、また走り出した車。
このまま真っ直ぐ進んで、次の信号を左折すれば川内総合病院だ。