花と共に、あなたの隣で。


 もうすぐ終わる。先生との時間。
 窓の外を眺めながら、反射して写る先生の顔を眺めた。

 真っ黒な短髪。少しだけ彫の深い、整った綺麗な顔。筋肉質な体。力強い腕。


 佐藤先生を構成する全てが愛おしくて、もどかしい。
 先生を想ってまた涙が零れ落ちた時、心にずっと留めていた想いも自然に溢れ出した。

「————佐藤先生、好きです」
「……」
「私……本当は死にたくない。佐藤先生も、死んでほしくない。私と先生が、明るく楽しく、笑顔で過ごせる未来が訪れたら良いのに……。最近はそんなことばかり願ってしまいます」

 先生は正面を向いたまま、何も言わなかった。
 無言のまま病院の外来駐車場に入り、わかば園の玄関に近い場所に車を停める。

 そしてシートベルトを外した先生は「森野」と一言呟いて、そのまま勢いよく私の体を抱きしめた。鼻を(すす)りながら今出せる精一杯の力で抱きしめてくれる先生の声は、酷く震えている。

「森野……っ。俺だってそうだよ。俺だって、どうすれば2人が長生きできる未来がやってくるのか。俺、家帰ってからも……ずっと、そんなことばかり考えているんだ」

 大きく体を震わしながら嗚咽を漏らして涙を零す。涙でぐしゃぐしゃになっている先生は、私から少し離れて自身のポケットに手を入れた。その中から取り出した2つのお守り。押し花がデザインされた、見たことのないものだった。

「なぁ、森野……。俺もお前のことが好きだよ。同情なんかでは無い。俺は森野の強さと明るさに、いつの間にか惹かれていた」
「……」
「俺、神なんて信じていないんだけどさ。それでも神頼みをしてしまうくらいには、俺も森野も死なない未来を(せつ)に願っている」

 先生から1つ受け取ったお守りには、細い花弁が特徴的な紫のお花が施されていた。裏には【長寿と幸福を】と書かれており、思わず頬が緩む。
 このお花はノコンギクと言うらしい。菊と言うと私の机に置かれたあの時のことを思い出してしまうが、このノコンギクは故人に手向ける菊とは違うようだ。

「花言葉は、長寿と幸福。守護。そして……忘れられない想い」
「守護……」
「2人で長生きする未来を望むくらい、良いよな」
「先生……」

 悲しみの中に生み出されし、1つの希望。
 生きたいと願う余命宣告された私たちは、(わら)にも(すが)る思いでそのお守りを強く握った。

 抱きしめられた先生の体から感じる体温は、この瞬間を先生が生きていることの紛れもない証明。
 その温かさが妙に切なくて、また簡単に私の目を潤ませた。

「死にたくない」
「死にたくないな」
「病気が憎い」
「俺ら前世で、どんなことしたんだろうな」
「悪いことをしたバツですか」
「そうかもしれんな」

 知らんけど。最近生徒の間で飛び交うその言葉を先生が口にして、つい笑いが零れた。

「けれど俺ら、何だかんだ死なないと思わない?」
「ふふ……。何だかんだ、ですね。そうだと良いのですが」

 ギューッと、抱きしめる腕に力を込めて。
 お互いの弱った腕が出せる最大限の力を込めて。苦しく感じる程に、相手の体温を全身で受け止めた。騒がしい2つの心臓に耳を傾け、どちらからともなく笑いを零して顔を近寄せる。


 そうして私と先生は、お互い見つめ合って

 溢れる涙でぐちゃぐちゃな顔に触れ合いながら

 優しく、優しく

 軽く触れ合うように、そっと唇を重ねた。

 


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