花と共に、あなたの隣で。
診察室がある東棟から、わかば園のある南棟に戻る途中。普段は気にならないのに、今日は無性に売店が気になった。デカデカと掲げられているポップに目をやり、視界に入ってくる興味深い文字。
【思い出作りに! チェキという選択!】
「……ふーん、チェキね」
写真を撮ると、その場でフィルムに印刷されて出てくるカメラ。スマホとはまた違うカメラに対して興味が湧いた。
「これがあれば……」
足早にわかば園へと戻り、ナースステーションに立っていた朱音さんに声を掛ける。挨拶もそこそこに「朱音さん、お金頂戴!」というと、一瞬で怪訝そうな顔をされた。
「え……未来、どうしたの」
「朱音さん、そこの売店にチェキの本体が売ってあった」
「チェキ?」
「管理してもらってる私の銀行口座からさ、2万円くらい引き出してきてよ! 私、チェキ欲しい」
チェキの本体を見て思った。
いつ消えていくか分からない記憶。それをフィルムとして残しておきたいと思った。学校や病院、わかば園。忘れてしまっても、形に残るように。
佐藤先生との思い出を、沢山残せるように。
「……ねぇ未来、診察で何かあった?」
「え?」
「私に隠そうとしても無駄よ」
「……」
深刻そうに呟いた朱音さんを無視して「じゃあ、宜しくね!」とだけ言って部屋に戻る。怪訝そうな顔をしていた朱音さんは「未来!!」と叫んだけれど、その声に反応はしなかった。
後日、用意してもらった2万円を持って売店に向かった。
ピンクと紫のチェキ本体。
それを手にした時、何だか妙に希望が見えたような気がした。
「————朱音さーん!」
「未来」
パタパタと小走りでわかば園に戻り、ナースステーションにいる朱音さんに声をかける。そしてチェキを構えて「朱音さん、ピース!」と声を弾ませる。 朱音さんは「それがチェキか!」と呟いてピースをしてくれた。その隙にシャッターボタンを押すと、ゆっくりと出てくるフィルム。
「すごーい!」
「へぇ、画質も良いんだね」
本体と一緒に売ってあったフィルムホルダーに、今撮った写真を入れる。記念すべき第1回目は、朱音さん。部屋に戻ったらチェキの余白に詳細を書き込むんだ。
もし忘れてしまっても、大丈夫なように。
「あ、夏芽さーん!」
「未来ちゃん、おかえり」
「夏芽さんも写真撮らせて!」
「え?」
驚きつつも、笑顔でピースをしてくれた。
優しい笑顔の夏芽さんが、フィルムとして出てくる。2枚目の思い出も、フィルムホルダーにそっとしまい込んだ。
「朱音さんが未来ちゃんの口座からお金を下ろしていたのって、それのためか」
「うん、そう。そこの売店に売ってあったから、お願いしたんだ」
「……売店で売るレベルの品じゃないけどなぁ……」
「それは言えてるね」
不思議そうな夏芽さんに「部屋、戻るね」と告げて歩き始める。
これから始める思い出作り。
いずれは通えなくなる学校を中心に写真を撮ろうと決めて、私はチェキを学校の鞄の中に入れた。