花と共に、あなたの隣で。


 わかば園の玄関から外に出て中庭に向かう。暫く歩き続けていると先生の言った通り、綺麗に咲き誇る梅が視界に入って来た。ピンクと白。色とりどりの梅が輝いて見える。
 梅を見た先生は「綺麗だな……」と呟いて、近くに置かれているベンチに腰を掛けた。

「もう、2月。森野はどうだった? 高校1年の生活」
「……え?」
「俺、森野と1番長く一緒に居た気がするんだけど、森野はどう?」
「どうって……」

 そんなの、私も同じだ。
 同級生に友達を作らないと決めた私。その私を気にかけて、話し掛けてくれたのは……紛れもない、佐藤先生。夏休みも冬休みも、私の傍にはいつも、佐藤先生が居た。

「……どうって、私も同じです。いつも隣に、先生がいました」
「そうだよな」

 どこか嬉しそうに微笑む先生。梅の花を眺めながら微笑んでいる様子が儚くて、消えてしまいそう。

「……」

 滲んできた涙を見られないように軽く拭い、持ってきたチェキを構える。そして梅の花も一緒に入るように佐藤先生に向け、シャッターを切る。
 ゆっくりと本体から出てきたフィルムを先生に見せて「これが、チェキです」と言うと「あぁ、知ってたわ」とまた優しく微笑んだ。

「それ、貸して。俺も森野を撮る」
「えー……私単体はいらないですよ~」
「俺が欲しい」
「え〜?」

 このチェキは自撮りもできる。モードを自撮りに変更して先生に渡した。「先生、こうやって腕を伸ばして。このボタンを押してください」とお願いし、先生に顔を近付ける。そしてチェキからシャッター音が聞こえてきたことを確認して動き出すと、先生と私の2ショットがフィルムに焼かれて出てきた。肝心な梅の花は少し途切れているけれど、先生と2人、初めての2ショットに頬が緩む。

「森野、それ俺も1枚欲しい」
「え〜?」
「お願い」

 促され、もう1枚2ショットを撮る。出てきたフィルムが欲しいと言う先生に渡すと、嬉しそうに微笑んで自身のカードケースの中にしまいこんだ。
 先生が言うに、“お守り”らしい。ノコンギクのお守りと一緒に、このフィルムも持ち歩くのだと言って、先生は優しく微笑んでいた。

「……なぁ森野。ここだけの話、俺もう長くないらしいよ」
「……え?」
「今日も酷い頭痛に苦しんでいた。渡邊先生によると、記憶が欠乏する予兆らしい。どの記憶から無くなっていくのか。どの身体機能が奪われていくのか。医者ですら皆目見当もつかないらしいけれど。俺が今のままで居られるのも、時間の問題だ」

 重たい言葉とは裏腹に、佐藤先生はあまりにも清々しい表情をしていた。まるで死を既に受け入れているかのような、その表情。だけど私には、物凄く悲しそうに見えた。

「……先生、死んじゃうの」
「——最初そうやって、俺が森野に聞いたね」
「思い出を語るんじゃなくてっ!!」
「突然大きな声を出すなよぉ~、森野」

 まぁ、座りなよ。そう呟きベンチをトントンと叩く。
 先生に促されるがままベンチに座ると、誰も居ないことを確認した先生はそっと私の肩を抱き寄せた。

「私より先に死んだら駄目です」
「森野は長生きしな?」
「イヤ」
「そんなこと言うなって~!!」

 春になったというのに、まだ肌寒いこの季節。
 私と先生を照らす太陽のぬくもりすら物足りない。

「……」

 隣にいる大きな体にギュッと抱きついて、全身でその体温を感じる。やっぱりいつもより冷たいけれど、それでも吹き抜ける風よりは温かい。

 一瞬驚いたような声を上げた先生だったが、私の抱擁を受け入れ、優しく腕を撫でてくれた。

 優しくて、温かい。
 佐藤先生のこの温もりを永遠に感じることができたら良いのにと、少し感傷に浸る中で視線を梅に向けた。鮮やかなピンクと白。私の視線が梅に向いていることに気が付いた先生も、同じようにそちらを向いた。そして「来年も、森野の隣で梅を見たい」と小さく呟いた先生。
 私はその言葉が“聞こえなかったフリ”をして、静かにそっと、一筋の涙を零した。




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