花と共に、あなたの隣で。


 その日の夕方、結局どこにも出掛けずに部屋に(こも)っていると、突然ノック音が鳴り響いて扉が開いた。
 朱音さんか夏芽さんかと思ったが、実際入ってきたのは白衣姿のナベだった。ナベは気まずそうに俯き入ってくる。そして「未来ちゃん、ごめんね」と、第一声で謝った。

「……何」
「先程、戸野くんが来たんだ。未来ちゃんがもう1週間学校に行っていないこと、物凄く気にしていた」
「……」
「ごめんね、本当。僕が余計なことをした」
「……全くだ」

 全く、その通りだ。
 全ての事の発端はナベであり、そもそもナベが戸野くんに何も話さなければ、こんなことにはなっていなかった。

「ナベのせい」
「そうだね」
「許さない」
「ごめんって」

 扉の入口で深く頭を下げていたナベ。「でも、どうしてももう1つ話を聞いて欲しい」と言葉を継ぐ。
 
 その言葉に対しては黙ったままを貫いていると、ナベは頭を下げたまま呟き始めた。結局のところ、戸野くんは嫌がらせでクラスメイトに話した訳では無いと。戸野くんとしては、私に同級生と関わることを経験して欲しかったかららしい。

「……大きなお世話だよ」
「そうだけど、許してあげて」
「何で? 何で私が許すの。てか戸野くん自身が謝罪に来てよ。おかしいじゃん。ナベに伝えさせるのって」
「未来ちゃん……」
「やっぱり嫌いだわ、戸野くん」

 あまりにも苛立ってしまい、窓際に寄って外を眺めた。

 その間、呆然と立ち尽くしていたナベ。
 ナベ自身も許せなくて、本当は会話なんてしたくなかったけれど、私は聞きたかったことを聞いてみることにした。病気のことで頼れるのは、結局ナベしかいない……。

「ねぇ、ナベ」
「な、何」
「私ね、勉強ができなくなってる」
「え?」
「解けていたはずの問題が、全く分かんない。教科書を見ても全く思い出せないの。……記憶って、こうやって無くなって行くの?」
「……」


 ナベは何も言わなかった。
 その代わりに背後から聞こえてきた(すす)り泣く声に耳を傾け、外を眺め続ける。

 向かいにある東棟の建物に沿って作られている花壇には、色とりどりのチューリップが咲き誇っていた。


 もう、3月。
 あっという間の1年だったと、今改めて思う。



< 52 / 69 >

この作品をシェア

pagetop