花と共に、あなたの隣で。


 授業終了を告げるチャイムが鳴り、先生に向かってみんなで挨拶をする。「次回はシャトルランな。じゃあ、解散!」という、また絶望的な言葉に俯いてトボトボと歩き出すと、背後から急に肩を叩かれ全身が飛び跳ねた。その仄かな痛みに後ろを振り向くと、ニヤッと笑っている先生が視界に入る。

「ボールを体育倉庫に戻したいんだ。少し手伝って」
「……体育委員に頼んで下さいよ」
「森野に頼みたいの」

 訳の分からない先生に誘導され、渋々ボールが入っているカートを押す。カラカラ……と音を立てるカートの中で、不規則に飛び跳ねるボールたちが何だか面白い。それに見入りながら歩き続けていると、また背後から急に肩を叩かれた。
 大量の記録表を持った先生は、フフッと小さく笑って私の隣に立つ。頭1つ分くらい大きな先生を見上げてみるも、その視線は妙に力強く真っ直ぐ前を向いたままだった。

「森野、体育嫌いだろ」
「……はい。大嫌いですね」

 全くオブラートに包む気力の無い言葉が面白かったのか、吹き出すように大笑いをされた。(しゃく)だな……なんて思いつつカートを押し続ける。同級生たちはみんな校舎に入ったみたいで、先程の喧騒がまるで嘘だったのかと錯覚するくらい静かになった。校庭には私と先生の2人だけ。カラカラ……と騒がしいカートと共に。

「森野。俺は運動が苦手なことについて何も思わない。さっきも言ったけれど、それがお前の個性だから」
「……」
「100人生徒が居て、100人ともオリンピック選手みたいなだと怖いだろ。そういうことだ」

 どういうことだ。率直に出てきたそれは心の中に留めつつ、突然どうしたのかとも思った。だけど何となく、先生が言いたいことが分かったような気もして、少し不思議な気分。


 体育倉庫に近付くと先生は歩く歩幅を広めて、先回りして扉を開けてくれた。カートと共に倉庫に入り、定位置だと思われる隙間に収納する。外の気温は快適なのに、倉庫の中は酷く暑かった。まるで夏かのような暑さに、少しだけ頭がクラッとする。

「森野~。はよ出てこい」
「はーい」

 外に出ると、爽やかな風が再び私の横を通り過ぎていく。倉庫内で一瞬だけ熱された体は、その爽やかな風でまた冷やされた。先生は扉を閉めて南京錠を掛けると「よし、サンキューな」と微笑んだ。すると、それと同時に鳴り響き始めるチャイム。次の授業の開始を告げるチャイムだ。

「うわ、やば!」

 これから着替えもしなければならないのに。頭の中で次の授業は何かを巡らせ、最適な対応方法を色々模索する。次は、数学か。担当の賀川(かがわ)先生って遅刻すると面倒臭いんだ……なんて考える。しかし、最適な対応方法というのは全く見つからない。

「森野、俺が一緒に行く」
「え?」
「俺が頼んだんだ。俺が謝りに行く」
「そんな、悪いです」
「良いの」

 走るぞ、と声を掛けられ、先生と一緒に走って校舎内に入る。静かな廊下を小走りで進み、自分の教室を目指した。


 教室に近付くと先生はまた歩く歩幅を広め、駆け足で黒板側の出入り口へ向かう。教室内に向かって軽く手招きをして賀川先生を呼び出し、遅刻した事情を説明してくれた。佐藤先生の話に頷いた賀川先生。「そりゃ仕方ない。制服に着替えて戻ってきなさい」と言ってくれ、私は言葉通り、更衣室へと向かうのだった。

 その道中、職員室に戻るという先生と一緒にまた廊下を歩いた。授業中の静かな廊下で、ヒソヒソと言葉を交わす。それが何だか秘密を共有しているような感じがして、少しだけむず痒かった。


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