花と共に、あなたの隣で。
その日の夜。
わかば園の自室に来客が訪れた。
朱音さんと夏芽さんの2人が来たから、何事かと思い急いで横たわっていた体を起こした。すると朱音さんが深刻そうな表情で「……未来、ごめん」と一言呟いた。
その言葉が理解出来なくて首を傾げると、2人の後ろから中年の男女が現れた。その男女は「み……未来……」と涙を流しながら言葉を発して、飛ぶように部屋に入ってきたのだ。
「み、未来!! ごめん、ごめんね」
「げ……元気か? 未来、未来!」
「…………?」
大号泣している男女2人。その後ろで同じように涙を流している朱音さんと夏芽さん。状況が全く理解できなくて、つい体が固まってしまう。
「未来……朱音さんから聞いたよ。杖が無いと歩けなくなったって。……本当にごめん。本当はこうなる前に会って、どこかに出掛けたりしなければならなかった……!!」
「悪い事をしたと思っているの。でも、未来に余命宣告されたことが、悲しくて……辛くて。未来が1番辛いってこと、分かっていたのに! 現実を直視したくなくて未来から目を逸らしていた。今更何を言っても遅いけれど、本当にごめんなさい!」
「……」
意味が分からなくて、首を傾げながら朱音さんに視線を送る。「未来、どうした?」と聞いてくれた朱音さんに向かって小さく頷いて「……この方たち、どなた?」と呟くと、絶望にも似た泣き叫ぶ声が私の部屋に響き渡った。
朱音さんによると、この2人は私の『両親』らしい。だけど、その一切が分からない。急に両親だと言われても理解も出来ないし、意味も分からない。
夏芽さんが「記憶の欠乏……」と呟くと、更に大きく泣き叫ぶ声が響く。
「だ……だから、未来の記憶が無くなってからでは遅いと、あれほど言っただろうが!! もう何もかも手遅れじゃないかよ!! どうしてくれるんだ!!!!」
「そう言うけれど!! あなただって、これまで一言も『会いに行こう』とは言わなかったじゃない!! 私だけに責任を押し付けて、自分だけを正当化させようとしないで!!」
女性は手に持っていた花束を投げ捨て、部屋を飛び出して行った。そして、それを追い掛けて行く男性と朱音さん。
3人が飛び出して行った後の部屋に訪れる静けさ。残された夏芽さんは「……未来ちゃんのせいじゃないから」と一言呟いて、優しく私を抱きしめてくれた。
気が付かないところで進行している記憶の欠乏。
分かっているのに、いざ現実となると悲しみを覚える。
投げられた花束に視線を向ける。
私が昔から大好きだったピンクや赤色の花に、可愛いリボンがあしらわれていた。
誰にも話したことがない、私の好きな色。
その現実があまりにも虚しくて。寂しくて。
だけど不思議と切なくて、複雑で。どうしようもなかった。