花と共に、あなたの隣で。
「————時間の問題だね」
「……え?」
静かに開いた屋上の扉から現れたのは、まさかの戸野くんだった。
久しぶりに姿を現した制服姿の戸野くんは、静かに歩みを進めて、私たちの方に近付いて来る。
「佐藤先生、もうじきだね。もう、長くない」
「……な、何よ。突然来て! それに大体、どうしてここが分かったの!」
「陸也くんから聞いた。2人はいつもここにいるって」
「……」
「ねぇ、森野。……佐藤先生が死んだらさ、僕と付き合わない?」
「…………は?」
「“同じ病気にかかる当事者”。お互い分かり合えることもあるだろう。何より、僕はずっと前から君が好きだからさ」
戸野くんの言っていることが、全く理解できなかった。意味不明な戸野くんは、こちらに向かって歩きながら目元を赤く染めていた。泣いていたのか……。頬には涙の跡が一筋ほど付いていた。
「……佐藤先生は死なない。戸野くんとは、付き合わない」
「どうして?」
「私は、佐藤未来さんのことが好きだから」
「そんなにも弱っているのに?」
「……分かった。言い方を変える。私は戸野くんのことが好きではない。だから、付き合わない」
「…………」
「先生がどうとか関係無いよ。そもそも私、戸野くんに好かれるようなことをした記憶はない」
悲しそうに顔を歪ませた戸野くんは、その場に鞄を置いて更に近付いて来る。赤くなった目から涙を零し、拭うこともせずポタポタと床に零し続けていた。
「絶対、付き合わない?」
「……うん、絶対。私はずっと、先生と一緒。そう決めているから」
「……」
戸野くんは嗚咽を漏らしながら急に走り出した。
私とみきさんが座っているベンチを通り過ぎ、屋上を囲っているフェンスに向かう。そしてそのフェンスを登り跨いだ戸野くんは、あと一歩で落ちてしまう————という危険な場所で立ち止まった。
「と、戸野くん!?」
「ちょ……」
杖を手に取り、力の入らない体に喝を入れて戸野くんの元へ向かう。みきさんも驚いたような表情で杖を手に取り、同じく戸野くんの方に向かった。
「……森野。僕ね、陸也くんの診察を受けてきたところなんだ」
「え?」
「……後天性の“記憶能力欠乏症”だって、僕も。……遺伝子には逆らえない。兄弟に1人でも患者が居たら、発症する確率が急激に上がるらしいよ」
「…………」
「まだ僕、16歳なのにね。兄貴よりも遥かに早い発症に……気が狂いそうだよ」
突風が吹き、体力の無い私とみきさんは2人してよろけながら歩みを進める。一方の戸野くんは、フェンスに手を掛けたまま私たちの方をジッと見つめて言葉を継いだ。
先程、ナベによって余命宣告をされた戸野くん。心のどこかで、“自分は大丈夫”と高を括っていたそうで、突然の宣告に理解が追い付いていないみたい。
——どうせ、死ぬのなら。
私の知らないところで、私に想いを寄せていたという戸野くん。人生後悔しないよう、私に告白をするという選択をしたとのことだった。
そして
たった今、振られたから。
楽しみも希望も何もかも見出せないから、今ここで死んでやる。
それが、戸野くんの言い分だった。
病院の屋上のくせに、どうしてこんなにもフェンスが低いのか。簡単に乗り越えられる高さのフェンスに対して、初めて怒りすら覚える。