花と共に、あなたの隣で。
クラスマッチ当日。未だに梅雨の中休みが訪れる気配の無い空からは、ザーザーを通り越して、ゴーッと強すぎる雨を降り注いでいた。
『ドッヂボール』は8人で行うらしい。参加者が各クラス10人いるということは、2人見学できる……。そう考え、うちのチームリーダーとなった男子に「ごめん、お腹痛いから保健室に行く」と大嘘をついてその場を離れることにした。クラスマッチは勝利を目指すイベント。私のような運動が出来ない人がいても、クラスの足を引っ張るだけだから。
競技が始まり、盛り上がる体育館。その場所から一歩外に出て、渡り廊下の目立たない場所に腰を掛けた。この場所と校舎の間に植えられている沢山の紫陽花。青とピンクと紫が入り混じって咲いている紫陽花を見て『ここの土は中性なのかな』なんて、最近生物の授業で習った記憶を蘇らせては、独り鼻で笑う。
紫陽花はタフだ。ゴーッと降り注ぐ雨にもめげずに、凛と鮮やかな花を咲き誇っている。強い衝撃に茎が曲がることはあっても、決して折れる気配は無い。紫陽花のように私もタフになれたら……なんて、思ったりして。そんな物思いにふける自分が妙に面白い。
「……森野」
「ん?」
背後で私の名前を呼ぶ声。その声がする方へ体を向けると、そこには真っ黒のTシャツとハーフパンツを身に着けた人物が立っていた。首からぶら下げている赤い笛が良く目立っている。目が合った人物に向かってそっと微笑むと、溜息をついて呆れたように声を上げた。
「『ドッヂボール』メンバーの森野サン。今、あなたのクラスが試合をしているはずだけど、何をしているんだい?」
「お腹が痛いから、見学していま~す……」
「嘘つけ!!」
周りに誰も居ないことを確認すると、その人物……佐藤先生は、私の頭を拳でゴツッと1回軽く殴った。けれどやっぱり痛くはないその優しい拳にまた微笑むと、先生は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「お前な……。せめて試合を見て応援くらいしろよな」
「だって、お腹が痛いんですから」
「嘘つくなって~!!」
はぁ……と分かりやすく溜息をついた先生は、同じように腰を掛けた。目の前で強い雨に打ち付けられる紫陽花を一緒に眺めながら、体育館内の喧騒に耳を傾ける。勢いよく放たれたであろうボールが誰かの体に強く当たる音が響き渡った。観戦者から「ひっ」と息を飲む声が聞こえてくるくらい、当たりが強かったのだと思う。
私、見学していて良かった。ありがとう、頑張れ。……なんて、悪びれもせず同級生たちにそんな念を送ったりして。
「てか森野、何で『ドッヂボール』を選んだんだ?」
「選んでません。『リバーシブル』への出場権を巡る戦で敗退しただけです」
「言い方な」
先生によると、どの学年も『リバーシブル』が人気らしい。汗を掻きたくない人がみんな集まるんだと、先生は笑う。そして「クラスマッチ止めて、『リバーシブル』大会にすりゃ良いのにね」なんて訳の分からないことを言うから、思わず笑いが零れた。
ゴーッと相変わらず紫陽花に降り注ぐ雨は、全く止む気配が無い。私は良いけれど、先生はこんなところに座っていて良いのだろうか。湧き出た疑問に駆られて先生に言葉を掛けようとすると、私よりも先に先生が口を開いた。
「こんなこと聞いて良いか分からないんだけど、森野は友達を作らないのか?」
「友達?」
「あぁ、いつも1人じゃん」
体育絡みでしか先生と話さないのに、意外と良く見ている。
私の“事情”を知らない人にどこまで話そうか。そう思い首を傾げて少し悩んだ。
高校入学時の抱負。私は、友達を作らない。友達を作っても、悲しくなるだけなんだから。そんなもの、最初から作らないに限る……。ってこんなの、人に話すことではないし。
「…………」
返答に悩み黙り込んでしまうと、先生はフッと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。そして「また、話せるようになったら教えてくれ」と優しく微笑んで言ってくれた先生は、試合終了のブザー音が鳴ると同時に、急いで体育館内に戻って行った。
アナウンスを聞くに、どうやら私のクラスである1年A組が勝ったらしい。……予選敗退してくれたら良かったのに、なんてまた酷いことを頭の片隅で思いながら、今度こそちゃんと保健室に向かった。