花と共に、あなたの隣で。
4.笹と桔梗に託す願い
久しぶりの定期検診で、病状が微妙に悪化していると病院の先生に言われた。「微妙ってなによ」と強気な口調で言うと「微妙は微妙なの」なんて言って、話は終わりだよとでも言いたげに分厚いノートを閉じられる。
この病気について、正直なところ『罹患している実感』が私には無い。というのも、大きな体調の変化が無いからだ。心臓が痛いとか、お腹が痛いとか……食欲が無いとか、行動制限とか。そんなのが何か1つでもあれば実感できるのに、私には本当にそれらが無い。血液検査で『私の現状』というのが分かるらしいのだけど、それは先生にしか分からないこと。当の私には、その検査結果すらよく分からないのだ。
だから、“私が学校を卒業できる確率は10%未満”だなんて。
本当に、本当に……実感が湧かないし。正直なところ、理解もできていない。
「ところで未来ちゃん。学校はどう?」
「んー、まぁまぁ」
「未来ちゃんは本当に友達を作ってないの?」
「うん、友達ゼロ。有言実行でしょ」
「本当にそれで良いのかな……」
そう言って首を傾げるこの人は、私の担当医、渡邉先生だ。幼い頃からの付き合いだから、私は親しみを込めてこの人のことを、ナベと呼んでいる。
ナベは首を傾げながら電子カルテに目を向けて、キーボードをカタカタと叩く。そしてその様子を、少し離れた位置から私が眺める。これがいつもの検診ルーティンだ。
「1人で寂しくない? 僕は逆に色んな人と交流をして欲しいと思うんだけど」
「余命が短いから?」
「……未来ちゃん」
「だって事実でしょ?」
この病気とは昔からの付き合いだ。
だけどずっと病気に罹患している実感すら無いし、何なら病名すら私には教えられていない。
その上余命だなんて。正直、意味不明にも程がある。
最初に余命云々言われたのは中学1年の秋だった。当時もナベが何を言っているのか分からなくて、その日は全く眠れなかったんだ。今でこそ笑っていられるけれど。あの頃はやり場の無い複雑な感情が抑えきれなくて、何度も何度もナベにぶつけては、自己嫌悪に陥っていた。
「未来ちゃんは、今も“あの手紙”を常に持ち歩いているの?」
「えっ、それはナベに関係無くない!?」
「関係無くてもいいじゃん」
「いや〜だ。黙秘権を行使します!」
「未来ちゃん…………」
「ふふーん。じゃあ私、帰るね」
何だか悲しそうなナベに向かって右手を挙げて、診察室を後にする。
帰る途中、顔見知りの看護師さんとすれ違っては、他愛の無い話をした。顔見知りも多いから色んな人と会話をするんだ。学校で人とそんなに話さない分、病院内での会話が実は私の楽しみだったりする。