早河シリーズ序章【白昼夢】
 佐藤の転落を目撃した者達はしばらくその場を動けずにいたが、上野に促されてペンションで警察の到着を待つことになった。

皆が続々とペンションに戻っていく中、隼人の腕の中で一向に泣き止む気配のない美月は自分で立って歩ける状態ではなかった。泣き続ける美月は叔父夫妻がどれだけ説得をしてもその場を動かない。

『掴まってろよ』

 こちらの声が聞こえているかもわからない彼女にそう告げて、隼人は美月の膝裏に手を差し入れて彼女を抱き上げた。ロング丈の水色のワンピースがふわりと広がり、反射的に彼の背に回された美月の手が隼人の服を掴む。

(佐藤……美月ちゃんの目の前で死ぬなんて絶対に許さねぇからな)

美月を抱き抱えた隼人はペンションに続く道を進む。何台ものパトカーが隼人と美月の横を通り過ぎた。

        *

 ふわふわとした意識のどこかでサイレンの音が鳴っている。

 ──あれ、私……どうしたんだろう?
身体が揺れている。変だな。自分で歩いていないのに見える景色が変わっていく。

 視線を上げると男の顔が見えた。端整なその顔は美月の知っている人。それは木村隼人だった。

 ──どうして木村さんの顔がこんなに近くにあるの?
そうだ。前にもこんなことがあった。

あの不思議な仮面の人……キングと話をした後、眠たくなって意識がなくなり、次に覚えていたことはふわふわと身体が揺れてどこかに運ばれている瞬間だった。

 ──あの時、私を温かい背中に乗せて運んでくれた人、あの香りは……佐藤さんの香りだった。

今はもうあの香りとぬくもりは探してもどこにもない。
どこにも見つからない。
佐藤さんはどこに行ったの?
ねぇ……どこ?

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