早河シリーズ序章【白昼夢】
『ここには叔父さんの手伝いで来てるんだって?』
「はい。少しですけど叔父さんからお小遣いも貰えるのでバイトの代わりと言うか……」
『家は東京?』
「東京です。お母さんの出身が静岡なんです」

隼人を見て赤面する美月の様子に渡辺とあかりは苦笑する。

『いいのか? 隼人、美月ちゃん狙ってるぜ』
「やっぱり……そうだよね」

渡辺が面白くなさそうにあかりに囁く。あかりは複雑な表情で隼人と楽しげに会話をする美月を見つめた。

 広間に里奈が入ってきた。里奈は昼間バスに乗っていた時のカジュアルなショートパンツ姿ではなく、目の覚める鮮やかなオレンジ色のマキシワンピースに着替えていた。

よりにもよって隼人が女の子との談話の真っ最中に、最も現れてはいけない人物が来てしまい、渡辺とあかりは肝を冷やす。

「はやとー。なーにやってるの?」

 彼女は隼人の座るソファーの真後ろに立って彼の首もとに腕を絡ませた。それは蛇が獲物を逃がすまいと絡み付く様に似ている。
里奈が現れても隼人は狼狽える素振りもなく素知らぬ顔。浮気現場を目撃されても一切動揺を見せない彼はさすが、この手のことに慣れている。

『おお、里奈。お前の彼氏の悪い癖が出てるぞ』

里奈の登場で凍りつく場の空気を和ませようと渡辺がわざと茶化してみても、里奈の機嫌の悪さは増す一方。彼女は美月を鋭く睨み付けた。

「好みの子がいるとすぐにコレなんだから。あなたも気をつけてね。隼人は女好きの女たらしだから」

隼人と美月の間に割って入った里奈は隼人の飲みかけのアイスコーヒーを断りなく飲み干してしまった。

『女好きは事実だけど女たらしは余計』
「女たらしも事実でしょ。ねぇ、隼人ー」
『はいはい。じゃ、美月ちゃん。また後で』

吸っていた煙草を灰皿に捨てて立ち上がる隼人の隣に優越感に浸る里奈が並び、広間を出ていった。

『あいつら、さっそくお楽しみしようとしてるな』
「ちょっと渡辺先輩っ!」
「お楽しみ?」

渡辺の呟きにあかりが慌てて彼を小突いた。美月は渡辺の言葉の意味がわからず首を傾げている。
渡辺はそんな美月を見て曖昧に笑った。

『美月ちゃんはスレてなくていいねぇ。俺も部屋に戻るか。美月ちゃん、これ部屋に持っていっていい?』
「あっ……はい。グラスは朝のお掃除の時に回収しますので……」

アイスコーヒーの残るグラスを手にして渡辺も広間を去り、再び美月とあかりの二人だけとなった。
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