早河シリーズ序章【白昼夢】
『あの子、まだショックが続いていますね』

 早河刑事が先ほどの事情聴取の美月の様子を思い出して呟いた。早河の向かいのデスクにいる同僚の香道刑事はパソコンに表示された浅丘美月に関する聴取のまとめを閲覧している。

『浅丘美月には医者からASD(急性ストレス障害)の診断が出ている。これがPTSDにならなければいいが……』
『恋人が殺人犯で目の前で撃たれて海に落ちたんだ。無理もない』

 香道の言葉に上野が続く。上野は美月の携帯電話に残っていた佐藤と美月のツーショット写真を現像したものを眺めて溜息をついた。
傍から見れば十七歳の少女の危うい恋心が招いた悲恋に映るだろう。しかしあの二人は本気で愛し合っていた。年齢の差を越えて……殺人と言う罪も越えて。

『しかし佐藤の射殺と間宮の殺害、それから竹本殺害に関してもまだ疑問は残るな』

 上野の一言で彼の周りに早河と香道が集まった。香道が捜査資料に記載された間宮誠治の解剖結果に触れる。

『間宮の体内からは睡眠薬が検出されましたが、それも佐藤が飲ませたものでしょうか?』
『佐藤は間宮殺害を認めている。そう考えるのが妥当だろうが……』

間宮が殺害されたあの夜は上野も奇妙な眠気に襲われていた。あの時、間宮と上野に睡眠薬を盛った人物が佐藤だった?

『間宮殺害の動機が佐藤はある人物からの指示と供述したんですよね。その人物が例のヤクザと宗教団体が混ざった裏組織の人間だとすると間宮が組織の何らかの情報を握っていて、それで消されたと推測できますね』
『そうだな。間宮と佐藤のパソコンや携帯のデータが初期化されていたことも組織と関係あるのかもしれない』

早河の意見に香道が頷いた。

『佐藤の東京の自宅からは奴が組織に所属していたことがわかる証拠品は何ひとつ発見されませんでした。佐藤が自殺を考えていたのなら旅立ちの前に身辺を整理した可能性も挙げられます。でもPCの初期化と言い、妙な点が多過ぎます』

今度は早河が捜査資料をめくり、疑問点を述べる。

『妙と言えば竹本の殺害も妙なんだよな。佐藤が夜中に竹本を呼び出すことが出来たのか。特別親しい間柄でもない人間と夜中に落ち合うこと自体、変な話と言うか。警部、どう思いますか?』

香道に尋ねられて上野はデスクの上で組んでいた両手に顎を乗せた。

『佐藤がいかにして竹本をガレージに呼び出したのかは不明だ。佐藤が生きて発見されない限りは本人に聞くこともできない。だが気になることは他にもある。……盗聴器だ』

 沖田オーナーが経営する静岡のペンションからは複数の盗聴器が発見された。
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