早河シリーズ序章【白昼夢】
『誰がいつ盗聴器を仕掛けたのか。あのペンションは専門の掃除業者を雇っていないから掃除はオーナー夫妻が行っている。宿泊目的以外で外部の人間が入ることは不可能だ。個人の経営するペンションのほとんどの部屋に盗聴器を仕掛けられるタイミングがあるだろうか?』

 盗聴器が取り付けられていた場所は広間、書斎、ラウンジ、一階の間宮誠治の客室と二階の全客室。

『団体客ならすべての部屋を予約して各部屋に盗聴器を仕掛ける手もありえます。しかし、この一ヶ月の間に団体の宿泊客はいないとのことですね。盗聴器からは指紋も検出されませんでしたし、いつ、誰が仕掛けたのかはわからない』
『それも組織の人間ってことになるんだろう。こんなにおかしな点が多いのに今日で捜査終了なのも引っ掛かる。警部、上から圧力でもあったんでしょうか?』

 上野、早河、香道、それぞれが疑問を口にするが、謎を解決する糸口は見つからない。

 佐藤が起こした静岡連続殺人事件の捜査は警視庁と静岡県警との合同捜査となっていたものの、佐藤瞬の遺体捜索が昨日で打ち切りとなったことで今日を持って犯人死亡の形で捜査は終了となる。

美月と隼人の事情聴取が上野達の最後の仕事だった。

『……警部?』

香道の問いかけにも上野は応じず、目を閉じて黙り込んでいる。

『すまない。少し外の空気を吸ってくる』

 香道と早河の視線を避けて上野は捜査一課のフロアを出た。エレベーターに乗り、彼は屋上に向かう。

ずっと引っ掛かっていることがある。
佐藤瞬が最後に言ったあの言葉。

 ──これはまだ序章、プロローグに過ぎない──


佐藤が所属していたと思われるある裏組織の情報
 ──ヤクザと宗教団体が混ざった組織──


浅丘美月を連れ去った男が名乗った名前
 ──キング──


ペンションに仕掛けられた盗聴器
早河にかかってきた謎の人物からの非通知の電話、その人物の言葉


 ──幕はまだ上がったばかり──


 “早河に”その電話があったこと……


 この暑い時間帯、警視庁の屋上には予想通り誰も居なかった。上野は背広のポケットから古びた銀色のライターを取り出した。

ライターにはイニシャルが彫られている。
イニシャルはT.H
それは上野のイニシャルではない。では誰の……?

 あれから昨日で11年が経った。11年前のあの暑い夏の日……。
彼は目を閉じる。夏の日差しが容赦なく顔に照り付けた。

『まさかな……。そんなはずない。“奴ら”が復活しているなんて、あるわけがない』



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