早河シリーズ序章【白昼夢】
 警視庁からの帰り道、美月を車に乗せたはいいが、ハンドルを握る隼人はいつも冷静な彼らしくないほど緊張していた。

(まるで初デートの中学生だな。好きな女の前だと人間ってこんなにも変わるものか)

これまで何人もの女を助手席に乗せてきたが、車内に二人きりの場面でこんなにも緊張しているのは今日が初めてだ。幼なじみの渡辺に話せば笑いのネタにされることは間違いない。

 美月は赤い花柄のレースチュニックにデニムの七分丈パンツを合わせている。そうして流行りの服装をしていると、どこにでもいる今どきの高校生に見えるが、美月の表情には高校生らしい快活さは見られない。

初めて会った時の、華の咲く明るい笑顔をもう一度見たかった。

「あの……木村さん」
『ん?』
「あの時、私をペンションまで運んでくれたのは木村さんですよね?」

 あの時がいつを示しているかは自明だった。8日の昼、佐藤が海に落ちた直後のことだ。

『美月ちゃん、自分じゃ歩けなかったから』
「あれって……その……お姫様抱っこですよね?」

横目で美月を見ると頬がわずかに赤い。その愛らしい様に思わず笑いが溢れた。

『まぁ、お姫様抱っこだな』
「ごめんなさいごめんなさいっ!」

美月が赤い顔を両手で覆って突然謝り始めた。

『なんで謝る?』
「だって……重くなかったですか?」

今にも消えてしまいそうな小さな呟きに彼女が体重を気にしていることがわかった。

『全然。むしろ軽すぎるくらい。余裕で“お姫様抱っこ”できたよ』

 華奢な部類に入る美月も体重を気にするとは、思春期の女の子らしい。何を話せばいいかあぐねていた車内の空気も今の会話でほぐれてきた。

まだ赤い顔をしている美月に触れたくなる衝動を抑えて、隼人は車のオーディオにCDをセットする。

(“お姫様抱っこ”じゃねぇけど、美月ちゃんは佐藤の背中にもおぶさってるけどな。意識がない時のことだから覚えていないのも当然か)

 憂鬱な雨が降りかけた心にCDから流れるメロディが沁みる。重厚なギターサウンドのイントロが始まり、力強い男性ボーカルの声が響いた。
美月が歌に反応する。

「初めて聴く曲……。誰の曲ですか?」
『俺の友達。インディーズでバンド組んでるんだ』

隼人はCDケースを美月に見せた。CDジャケットに記載されたバンド名はLARME。

「ラ……ル……?」
『ラルム。フランス語だよ。ギターとドラムの二人が俺の高校時代の友達』
「CD出してるって凄いですね。それにとてもいい歌」

 LARMEの音楽が気に入った美月は微笑してリズムをとるように身体を小刻みに揺らしていた。
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