早河シリーズ序章【白昼夢】
「はーやーと」

 更衣室に繋がる通路の途中で聞き慣れた女の声で名前を呼ばれた。彼が無言で振り向くと学校と言う場には不似合いなミニスカートの女がこちらに近付いてくる。

『……あずさ。何か用?』
「久しぶりに会えたのに冷たいなぁ」

あずさは隼人の腕に手を絡ませた。

 彼女はこの学校の英語教師。年齢は隼人の五歳上の二十七歳だ。隼人が遊びで付き合っている女のひとりでもある。

「最近全然連絡くれなくて寂しかったんだよ? 練習終わった後、暇?」

前は不快に感じなかった女との絡みが今は不愉快に思える。甘えた口調ですり寄り、キスをしようとするあずさの身体を隼人は押しやった。

『悪い。もうあずさとは会えない』
「……どうして?」

 初めての隼人からの拒絶にあずさは困惑する。隼人はあずさと距離をとり、彼女を見据えた。

『遊びの関係は全部止めることにした。本気で好きな女ができたんだ』
「もしかして、さっきグラウンドに連れて来た女の子?」
『見てたのか。そう、あの子』
「大学生にしては幼い気がするけど……」
『高校生だからな』

 美月の年齢が高校生と聞いてあずさは唖然とする。そのうち彼女の表情には悲しみの色が濃くなった。

「うわぁ……隼人が高校生に? まさかの展開。でもそっか。本気で好きになれる子、やっと見つけたんだね」

自分に言い聞かせるように彼女は何度か頷き、目尻の涙を拭う。

「あーあ。悔しい。私も年下男とのお遊びのつもりだったのに、いつの間にか私の方が本気になってた。ほんと悔しい」
『ごめん』
「そんな辛そうな顔しないで。らしくないよ。私だってただの遊びなの。ア、ソ、ビ。だから気にしないで」

 あずさの拳が軽く隼人の胸元に当たった。隼人はその弱々しいパンチを受け止める。

「私も一応教育者だからね。男遊びが学校や保護者に知られるとまずいなぁと思ってたの」

泣き笑いをして明るく振る舞おうとする彼女は隼人に背を向けた。彼の顔をこれ以上見ていると未練がましくすがってしまうかもしれないから……。

『今までありがとう。あずさと一緒に居られて楽しかった』

肩を落とすあずさに隼人は精一杯の感謝を伝える。

「一緒にって、ほとんどホテルでしか一緒に過ごしてないじゃない。バカ。……でも私もありがとう。本気で好きになれる子が見つかって良かったね」

 あずさの声が涙声になっていることに気付かない隼人ではない。それでも彼はそれ以上あずさに話しかけずに更衣室の奥に消えた。

「別れ際までかっこいいのってずるい。……メイク落ちちゃった」

 涙を拭った指に付着したマスカラとアイラインの黒い汚れを見て、あずさはひとりで苦笑した。
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