早河シリーズ序章【白昼夢】
 サッカー部の部員達が木陰のベンチに座っている美月をチラチラと盗み見ている。母校ではない中学校で、高校生である自分だけが場違いで浮いている気がして心細くなった美月は、隼人が来るのを待ちわびていた。

「もしかして木村コーチの彼女さんですか?」

夏用体操服を着た女子生徒が美月に話しかけた。サッカー部のマネージャーのようだ。美月は慌てて首を横に振る。

「ううん。彼女じゃないよ」
「そうなんですか? ごめんなさい! 木村コーチが女の人を連れて来るのは初めてなので絶対に彼女さんだと思っちゃって……」
「木村さんが女の子連れて来るの初めてなの?」

隼人がサッカー部のコーチをしていることよりも、あの女たらしの隼人がここに女を連れて来たことがないことの方が美月には意外だった。

 女子マネージャーは綺麗に切り揃えられた前髪が汗ばむ額についてしまうのを気にしてしきりに前髪に触れながら頷いた。

「はい。幼なじみの女の人が練習の応援に来たことはあったけどその人はここの卒業生だって筒井先生も言っていましたし……」

(幼なじみって、たぶん麻衣子さんだよね。麻衣子さん以外の女の人はここに来たことないんだ)

ではどうして隼人がここに自分を連れて来たのか、益々わからない。

「じゃあ木村コーチの大学の後輩の人ですか?」
「……うん。そうなの」

 返答に困った美月は思わず頷いていた。中学生から見れば、高校生も大学生も特に違いはなく同じように見えるのかもしれない。

(まだ高校生だけどそういうことにしておこう。だけど木村さんと私の関係ってなに? 彼女でも友達でもないし、ペンションでは宿泊客とスタッフで……ここでは友達? でもないような。強いて言えばお兄ちゃんと妹?)

 自分と隼人の関係性の曖昧さを改めて認識した。

「木村コーチってかっこいいですよねぇ! コーチはうちの学校のヒーローなんですよ。うちがサッカー強くなったのも木村コーチの指導のおかげで、頭は良いし顔は文句なくかっこいいし、完璧過ぎますっ! 木村コーチが彼氏だったらきっと最高なんだろうなぁ」

女子マネージャーは美月にお構い無しにひとりで話を始めている。目を輝かせて隼人を称賛する彼女を見て微笑ましくなった。

(この子、木村さんに憧れてるんだね。気持ちはわかる気もするけど)

 Tシャツとハーフパンツのラフなスタイルに着替えた隼人がグラウンドに姿を見せた。号令がかかる前に女子マネージャーも集合の列に並んだ。

『まずはペアでパス練からな』

部員に指示を与え、コーチとしてグラウンドに立つ隼人を見つめる。

(イケメンで背が高いって得だよね。何着ても様になるって芸能人みたい)

隼人は大声を出して笑ったり、時には厳しく部員を叱責したり、表情がコロコロと変化する。

(何なのよ。やっぱり、ちょっとかっこいいじゃない)

 あの顔……感情を表に出さない彼がたまに見せる子供みたいに笑った顔。あの笑顔を見ると不思議と安心してこちらまで笑顔になれた。

(私が私の正義を貫けたのも木村さんがいてくれたから)

ドキドキと胸が苦しくなる。鼓動が速いのはどうしてなの?
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