早河シリーズ序章【白昼夢】
翌朝になって間宮の死体が発見され、これでようやくあの悪魔から解放された喜びから思わず笑みが溢れてしまった。
誰にもわからない微妙な表情の変化だと思っていたのに、木村隼人はそのわずかな表情の変化に気付いた。
彼はどこまで気付いただろう?
隼人はあかりが間宮殺害に関与したことに気付いたか、それともあかりが間宮を恨んでいることに気付いたか……。
もし隼人が真相に辿り着いていたとしたら。
おそらく隼人はあかりの声の微妙な変化を感じとっていたに違いない。彼はわざとあかりの誤魔化しを聞き入れ、納得したフリをした。
それは幼なじみの渡辺亮のため。
大丈夫。大丈夫?
どうしてそう言い切れる?
違う、言い切っているのではない。思考を放棄しているのだ。
もう何も考えたくない。もう私には関係がない。私は日本を離れるのだから。
渡辺亮への気持ちは嘘ではない。彼への想いはキングを慕う想いとはまた別の感情。
渡辺はあかりが初めて恋い焦がれて結ばれた相手。
間宮とは屈辱と苦痛でしかない男女の行為が、渡辺と結ばれた時にあかりは初めて身体を繋げる悦びと幸せを知った。
渡辺に抱かれている瞬間だけがあかりの幸せだった。たとえ渡辺の気持ちが自分に向けられていなくても、彼の側にいたかった。
でもやはり自分は日本には居てはいけない。それを再度、確認した。
渡辺の隣には常に木村隼人の存在がある。真実に気付きかけている隼人の近くにいるのはリスクが大きい。
そして美月にも……。アメリカ行きを美月には話していない。二度と美月と会うこともないだろう。
佐藤の一件では美月に辛い想いをさせてしまった。妹同然の美月が嘆き悲しむ姿には心が痛んだ。
ひとつ気にかかることがある。
キングは美月に興味を抱いていた。キングと美月を引き合わせたのは他ならぬあかりだが、キングはあかりの予想に反して美月を気に入ってしまった。
今後、美月が組織と関わる事態にならなければいいが。あの子を危険な目には遭わせたくない。
手帳を開いてそこに挟まる写真を見る。2年前の夏にペンションを訪れた時に美月と一緒に庭のひまわり畑で撮影した写真だ。
2年前のあかりと美月は写真の中でひまわりに囲まれて無邪気な笑顔を浮かべていた。
「美月ちゃん、ごめんね」
佐藤が美月に惹かれた理由があかりにはわかる気がする。あかり自身も美月に救われたから。
美月は人を優しく包み込む。優しい月の光のように彼女は人を癒す。
渡辺にも美月にも真実は知られたくない。
間宮との関係も醜い自分も知られたくない。
大切な人を傷付けてでも欺いてでも、卑怯者と呼ばれようと必ずやり遂げたかった。
沢井あかりのもうひとつの名前、canary
キングが名付けてくれたこの名前は英語でカナリアを意味する。
“あの方”が私に居場所を与えてくれた
“あの方”が私を救ってくれた
“あのお二人”の為ならなんだってできる。
アメリカ行きの便のアナウンスが流れ、あかりはゲートに向けて歩き出した。
私は誰も殺していない。
ただ解放されたかった。それだけだ。
金糸雀《カナリア》を乗せた鉄の鳥が飛び立って行く。海の向こうのその先へ。
誰にも言えない秘密を抱えて。
誰にもわからない微妙な表情の変化だと思っていたのに、木村隼人はそのわずかな表情の変化に気付いた。
彼はどこまで気付いただろう?
隼人はあかりが間宮殺害に関与したことに気付いたか、それともあかりが間宮を恨んでいることに気付いたか……。
もし隼人が真相に辿り着いていたとしたら。
おそらく隼人はあかりの声の微妙な変化を感じとっていたに違いない。彼はわざとあかりの誤魔化しを聞き入れ、納得したフリをした。
それは幼なじみの渡辺亮のため。
大丈夫。大丈夫?
どうしてそう言い切れる?
違う、言い切っているのではない。思考を放棄しているのだ。
もう何も考えたくない。もう私には関係がない。私は日本を離れるのだから。
渡辺亮への気持ちは嘘ではない。彼への想いはキングを慕う想いとはまた別の感情。
渡辺はあかりが初めて恋い焦がれて結ばれた相手。
間宮とは屈辱と苦痛でしかない男女の行為が、渡辺と結ばれた時にあかりは初めて身体を繋げる悦びと幸せを知った。
渡辺に抱かれている瞬間だけがあかりの幸せだった。たとえ渡辺の気持ちが自分に向けられていなくても、彼の側にいたかった。
でもやはり自分は日本には居てはいけない。それを再度、確認した。
渡辺の隣には常に木村隼人の存在がある。真実に気付きかけている隼人の近くにいるのはリスクが大きい。
そして美月にも……。アメリカ行きを美月には話していない。二度と美月と会うこともないだろう。
佐藤の一件では美月に辛い想いをさせてしまった。妹同然の美月が嘆き悲しむ姿には心が痛んだ。
ひとつ気にかかることがある。
キングは美月に興味を抱いていた。キングと美月を引き合わせたのは他ならぬあかりだが、キングはあかりの予想に反して美月を気に入ってしまった。
今後、美月が組織と関わる事態にならなければいいが。あの子を危険な目には遭わせたくない。
手帳を開いてそこに挟まる写真を見る。2年前の夏にペンションを訪れた時に美月と一緒に庭のひまわり畑で撮影した写真だ。
2年前のあかりと美月は写真の中でひまわりに囲まれて無邪気な笑顔を浮かべていた。
「美月ちゃん、ごめんね」
佐藤が美月に惹かれた理由があかりにはわかる気がする。あかり自身も美月に救われたから。
美月は人を優しく包み込む。優しい月の光のように彼女は人を癒す。
渡辺にも美月にも真実は知られたくない。
間宮との関係も醜い自分も知られたくない。
大切な人を傷付けてでも欺いてでも、卑怯者と呼ばれようと必ずやり遂げたかった。
沢井あかりのもうひとつの名前、canary
キングが名付けてくれたこの名前は英語でカナリアを意味する。
“あの方”が私に居場所を与えてくれた
“あの方”が私を救ってくれた
“あのお二人”の為ならなんだってできる。
アメリカ行きの便のアナウンスが流れ、あかりはゲートに向けて歩き出した。
私は誰も殺していない。
ただ解放されたかった。それだけだ。
金糸雀《カナリア》を乗せた鉄の鳥が飛び立って行く。海の向こうのその先へ。
誰にも言えない秘密を抱えて。