早河シリーズ序章【白昼夢】
[一階西・ダイニング]

 木製のダイニングテーブルには人数分のランチョンマットが並び、美月がその上にカトラリーと食器をセッティングする。叔母に教えられた通り、フォーク、スプーン、ナイフのセッティングをしていき、一列目を終えたところでダイニングテーブルを見渡して一息ついた。
去年の夏休みもペンションの手伝いに来ていた美月にはこの作業も慣れたものだ。

 ダイニングに木村隼人が入ってきた。彼は今度はひとりだった。

『さっきはどうも』
「どうも……」

先刻、広間で会った時よりもあからさまに警戒の態度をとる美月に隼人は苦笑した。

『沢井から俺のこと何か聞いた?』
「あなたは遊び人だから気を付けろと言われました」
『沢井も大人しそうな顔して言う時は言うねぇ』

 隼人は素早く美月の後ろに回り込んで彼女の肩を抱いた。美月の目の前で里奈といちゃついていたくせにこの男には節操がない。

『沢井が心配するのもわかるけどな。こんなに隙だらけじゃね』
「離してください」

狼狽える美月を見て隼人は面白がっている。彼の身体からはペンションでアメニティとして置いているボディーソープの香りがした。

『彼氏いる?』
「いるって言ったらどうするんですか?」
『んー……ま、いたとしても関係ないね。でも美月ちゃん彼氏いないだろ?』

隼人の指摘は図星だ。どうして彼氏がいないとわかるのか美月には疑問だった。

「さっきあなたのお友達の渡辺さんが気になることを言っていたんですけど」
『何?』
「あなたとあの女の人がこれから“お楽しみ”しようとしてるって……。お楽しみって何なんですか?」
『へぇ。亮がそんなこと言ってたのか。あいつも人のこと言えねぇのになぁ』

美月は喉を鳴らして笑っている隼人をきっと睨み付ける。

(何がそんなに可笑しいの? なんか……ムカつく笑い方!)

『亮が言ってた“お楽しみ”の内容、気になるなら教えてあげよっか? 美月ちゃんなら大歓迎だよ』
「別にいいです」

渡辺や隼人の態度や、隼人の身体から香るボディーソープの香りに年頃の美月もお楽しみの意味の大方の予想はつく。予想通りなら不快感極まりない。
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